(元)ミステリー作家T・A  あさっての日記

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zoom RSS 「:戯作・誕生殺人事件」 辻真先

<<   作成日時 : 2013/12/09 22:26   >>

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80才を超えてなお現役、辻真先さんの「スーパー・ポテト」シリーズ最新刊。この巻で、二人のあいだに赤ちゃんが誕生して、シリーズはいちおう完結、ということになっています。
今回は書評メインというより、昔話も交えつつ。

このシリーズは、もともと朝日ソノラマ文庫でスタートしたもので、第一作『仮題・中学殺人事件』が出たのは1972年(昭和47年)のこと。今から41年前、辻さん40才のときです。
この年は札幌で冬季オリンピックが開かれ、連合赤軍事件がありました。そのころ、私は自動車学校に通っていたのですが、そこのロビーのテレビで、浅間山の浅間山荘に人質を取って籠城した連合赤軍に、警察庁の指揮下、機動隊が突入するシーンを「すげー、映画みたい!」と思いながら見ていました。のちにこの事件は役所広司主演で、じっさいに映画化されましたね。

何が言いたいかというと、ここをお読みの方のなかでも、50才以下の方はほとんど記憶がないであろう、そんな時代から書き継がれたシリーズなのだ、ということです。
それから20作めが、今回の完結編。

私が辻さんを知ったのは、1979年の5月に、ソノラマ文庫から『名探偵は千秋楽に謎を解く』というデヴュー作を上梓したときのことでした。
それまで私は、国内ミステリーといえば、松本清張と横溝正史くらいしか読んでいなかった。ですから「同じ文庫に辻真先さんも入っていますよ」と編集者に言われても、「誰それ?」状態。
なにしろ高木彬光、鮎川哲也、佐野洋といった巨匠も、デヴューしてから読み出したのですから、ひどいものです。
編集部から戴いた『仮題・中学殺人事件』とその後続になる同シリーズ『盗作・高校殺人事件』『改訂・受験殺人事件』はすぐ読みましたが、当時私はユーモアミステリーを書いていたので、とても勉強になった思い出があります。

当時は今のようにライトノベルスやジュヴナイルが盛んでなく、専門の文庫を出しているところもほとんどありませんでした。朝日ソノラマはその代表格で、ここから育っていった作家は辻さんのほか、赤川次郎さん、菊池秀行さんなど大勢います。残念ながら、数年前に会社が解散してしまいましたが、私にとってはデヴューさせてくれた会社でもあり、今でも銀座の数寄屋橋交差点あたりに行くと、30数年前のことをなつかしく思い出します。

そういえば、菊池さんとは、会社で、一度ばったり顔を合わせたことがありました。菊池さんは青山学院大学のミステリー研究会OBで、私も若い頃、座談会か何かに出るため、青学ミス研におじゃましたことがありました。
あの頃は、まさかこんな年になってもまだミステリーを書いているだろうとは夢にも思わなかったなぁ。

さて、このシリーズの特徴ですが、一口に言うと、昔ながらの本格ミステリーを軽い語りに乗せて読ませるもの。
辻さんはたいへんな速筆で、作品数も膨大ですが、本質は本格派。
つい先年まで本格ミステリ作家クラブの第3代会長をつとめていたくらいですから、根っから本格魂の人です。
ちなみに現会長は法月綸太郎さん。

この完結編も、率直にいって、古めかしいと感じるくらい、伝統的本格ミステリーの作法に則っています。
出て来る事件は人間消失あり、密室殺人あり、構成も作中作を巧みに使った仕掛けがうまく機能して、オールドファッションの本格好きなら「これ、これ。こういうミステリーって、近頃なかなか読めないんだよねぇ」と随喜の涙を流すことでしょう。
かく言う私も、次々繰り出されるミステリー小ネタに、ついニヤニヤしてしまいました。ミステリー史のおさらいにもなっていますね。かゆいところに手の届くようなサービスをしてくれる、老舗旅館に泊まったような感じ。

最近の本格物を読み慣れていると、トリックなどはたしかに古めかしいというか、伝統芸を見ているように感じるかも知れません。
人間消失や密室はそれこそアイデアが出尽くしていて、バリエーションを工夫するか、見せ方を変えるしか方法がない。
この作品でも、キモとなる消失事件は見せ方に工夫があります。アイデアそのものは大きな枠組みを脱していませんが、ああ、そうつなげるのか、というひねりがさすが。

辻さんといえば、軽妙なタッチのなかに戦争批判、時事問題批判をからめるマイルド社会派でもあります。今回は、原発問題でした。
同じシリーズには80年代の国鉄民営化をきびしく批判したものもありました。
長いシリーズなので、そのときどきに扱われている問題が、時代を浮かび上がらせる側面もありますね。

それにしても八十路を越えて、これだけ入り組んだ本格ミステリーをきっちり構築する才腕には、ほんとうに頭が下がります。
私など、今でさえ、自分の書いている作品の構成がときどきわからなくなってしまうというのに(笑…笑じゃないだろ)。
「作家は最新の作品がすべて。八十も二十も関係ない」
いつだったか辻さんはパーティのスピーチでそうおっしゃられていましたが、まさにその言葉を実践されていますね。
ぜひとも、あやかりたいものですが、私にはたぶん無理でしょうな。せいぜい「朝ご飯は食べたかね」などと何度も聞くようなハメにならぬよう、健康管理に注意したいと思います。

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内 容 ニックネーム/日時
 この記事を読んで、早速「戯作・誕生殺人事件」を注文してしまいました。
辻真先の名前は勿論、知っていますが、読んだことはありません。それでも「完全恋愛」は持っているのですが、まだ積ん読状態です。
 速筆ということは、脚本を書いていた経験からくるものなのでしょうか。松本清張賞を取った女性の方も、シノンプスを書く仕事を職業にしていていました。
 新藤兼人の自伝を読んでも、職人芸の早さで、書いたのが出てきます。
 ところで、今「エラリー・クィーンの騎士たち」という本を拾い読みしているのですが、その中の法月倫太郎の項に「プロットの考案でなく、小説化(長編)に苦労した、多くの本格ミステリ作家が苦労するのは、プロットの案出であり、小説化の作業ではない」とあります。
 この点が、記事を読んでいて、非常に興味を持ちました。
辻真先は、というよりは、プロットができれば、相当早く小説家できるのでしょうか。
 どこかのブログに、純文学は文章に、エンタテインメントはストーリーが問題されるとありました。
 確かに、文章のうまい、高村薫や桐野夏生などは、ミステリ分野以外に行ってしまいました。
 ちょっと、長々と訳のわからいことを書いてしまいました。ごめんなさい。
眠り兎
2013/12/12 22:33
完成度からいくと、たぶん「完全恋愛」が辻さんの代表作ではないかと思います。本書は変な喩えですが、水戸黄門最終回みたいな、「ごぞんじ」ネタやシーンや多い印象です。
速筆が天性なのか、シナリオライターの修業ゆえかはわかりませんが、辻さんの文体が軽妙でもともと若向きなこともあると思います。高村薫の文体では速筆は無理でしょうから。
法月さんからは立ち話でしたが、同じようなことをお聞きしたことがあります。長編を書く場合の、ひとつのシーンから次のシーンへの時間の処理の仕方が苦労だ、みたいなお話で、なんとお答えしたかは忘れました。まあ法月さんのアイデア発想力やプロット立ての才能は当代一といっていいくらいですから、あまり苦労されないのでしょう。
純文学とエンタメの問題はむずかしくて、一口には言えませんが、濃密な描写がストーリー展開のじゃまになる、ということはしばしば言われています。
松本清張も最盛期には、ストーリーばかり気にされるのでミステリーはつまらない、と言っていたそうです。晩年にストーリー性にはこだわらず、みっちり書いたものが本来書きたかったもののようですね。
私はけっこう濃密な文体が好きなので(軽妙なのもきらいではないです)気になりません。
戸松淳矩
2013/12/13 00:35

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