(元)ミステリー作家T・A  あさっての日記

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zoom RSS 「イン・ザ・ブラッド」 ジャック・カーリイ

<<   作成日時 : 2013/11/30 11:45   >>

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今や翻訳ものでは本格のエースとなった、カーリイの新刊ご紹介です。
しかし、ズバリ言って、今作はもうひとつ食い足りない印象。
読者が毎度、呆気にとられる独特のとんでも発想があまりなくて、手堅い良作におさまっています。年末ベストが発表される時期ですが、そのへんがどう評価されるのか。

もちろん良作ですから、読んで損はしません。充実した読書時間は保証いたしますが、「あのカーリイ」だと思って読むと、意外にまっとうで、肩すかしの感じが残ります。マイルドなジェフリー・ディーヴァーとでも言うか。

カーリイを読んだことのない方のためにちょっとご説明しますと、今のところ邦訳されている作品は、カーソン・ライダー刑事を主人公とするシリーズものになっています。
このカーソンのキャラがなかなか魅力的。しかも実兄が連続殺人犯のサイコとして精神病院に隔離入院させられている、という設定ですから、ほかに類を見ません。
この兄が天才探偵で、しばしばカーソンの捜査に有益なヒントをくれますが、シリーズの進展とともに、兄の実像があきらかになってゆく。
いわば、本格ものでありながら、主人公の隠された背景がだんだんわかってくる家庭劇にもなっています。

今作は、その天才的な兄が登場しません(現在脱走して消息不明)。
捜査はわりと地道に進むし、真相もそこまでびっくりするような意外性はない。
邦訳第一作の『百番目の男』が「――そ、そんなのありか!」で、代表作『デス・コレクター』が「よくこんなこと考えるな!」で、去年の『ブラッド・ブラザー』が、「……そ、そうだったのか!」だったのにくらべると、「ふーむ。そんなこともあるかもなぁ…」という感じでしょうか。

ざっくりとストーリーを紹介すると、寂れた海岸に隠れ住む若い夫婦が襲撃されて、妻が赤ん坊をボートに乗せて流す。それを発見したのがカーソンと相棒のハリー。
ところが収容先の病院から赤ん坊を盗み出そうとする男が現れる。
一方、有名なキリスト教説教師がサドマゾプレイ(?)の最中に変死して見つかる。
この説教師が白人至上主義の旗振り役だったことから、カーソンは極右組織の捜査に潜入し…

といったお話ですが、建前とは違って、アメリカの人種差別問題はなかなか深刻だし、現在も生きている問題なのだということがよくわかります。
以下は余談ですが、私は前から思っていたのですけれど、アメリカの右翼は白人至上主義・キリスト教原理主義になるというのが、おもしろいですね。
日本だと右翼の根っこは、伝統主義ですから、天皇に集約される。ところが天皇の役割は江戸以前と明治以降ではかなり違っています。日本の政治右翼が尊重するのは、明治以降戦前までの、近代・国家主義的な天皇像のようです。これもおもしろいと言えばおもしろい。
アメリカでは、本来のネイティヴ・アメリカンはインディアンですから、白人右翼がかれらの伝統を信奉するわけにはいきません。じゃあ、アメリカの伝統主義って何なの。そこでかれらは、神のご意志によって、キリスト教の文明を持つすぐれた白人種が未開の大陸を統治するのだ、という信念の体系を持つに至るわけでしょうか。
つまり、この問題はそれだけ根が深い。

ところでミステリーを読んでいて、しばしば不満に思うのは――物語の制約から、しかたないとは思いますが――悪役が単純すぎることです。
この作品にも単純な悪役がたくさん出て来ますが、さすがはカーリイだなと思わせるのは、重要なある人物の描き方です。しかもそれが小説全体の展開の核心にもなっている。
もしこの掘り下げ方が浅く、人物造形が単純だったら、この作品の価値は半減したかもしれません。
今回の作品で、私にとって、もっともポイントが高いのはそこでした。
これによって小説的な深みが出ています。

ただしどんでん返しそのものは、上にも書いたように、予測の範囲内で、いつもよりおとなしい。
もしカーリィ初読みという方がいらっしゃるなら、続けて『デス・コレクター』をお読みになるようお奨めします。今作がふつうの遊園地のジェットコースターとすると、ビッグサンダーマウンテン級のびっくりを体験できますよ。
まあ『デス・コレクター』のようなおどろきを、そうたびたび期待するのは酷というものですけれどね…。




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「百番目の男」はきわものというかバカミスというか開いた口がふさがらないというか、そんなわけがあるかっ!と言いたくなりましたが、2作目以降は意外にもきっちりと伏線を張ったミステリーだったので、1作目にああいうのをもってきたのは確信犯だったのかなーと思いました。
本シリーズでは、兄はジョーカーみたいな万能キャラクターだから使い方が難しいというようなことがどこかの解説に書いてあったように思いますが、「毒蛇の園」にも兄が出てきませんでしたが、やっぱり兄が絡んだほうが面白いかなあと思います。「ブラッド・ブラザー」で単純なサイコキラーじゃないらしいこともわかってきたことですし。
若月
2013/12/02 01:19
邦訳全作お読みなんですね。私は「毒蛇」だけ読んでいなくて、あれに兄が出て来ないとは知りませんでした。翻訳物の比重を多めに読みますが、タイミングを逃して未読の傑作良作がけっこうあります(リンカーン・ライムシリーズとか)。
あの兄は「神のごとき叡智を持つ探偵」みたいなので、たしかにどこでどんなふうに使うか、むずかしいでしょうね。
ああいう特異なキャラを作っただけでも、このシリーズは歴史に残ると思います。
作り手視点で言いますと、この作家はとにかく小説作りがうまいと感じますが、特に細部の組み立てが巧妙に思います。現時点でまだ三作、未訳があるそうですから、楽しみなことです。
戸松淳矩
2013/12/02 10:52
あけましておめでとうございます。

去年最後の本がこれでした。
確かにおとなしめでしたね。
あまり本格ミステリぽくもなく……。
そしてカーソンも今回は探究を控えてハリーに譲り(笑)。

しかしアメリカって不思議な国ですね。
世界一の先進国でありながら、未だにあからさまな差別がまかり通っていたり、とんでもない迷信が残っていたりして。
石ころ
2014/01/01 13:44
おっしゃるとおり、アメリカは不思議な国です。その意味で、私はアメリカに興味があり、『剣と薔薇の夏』という長編デビュー作では、1960年のアメリカを徳川幕府の使節団が訪問した史実を背景に使いました。
日本もまた面白い国です。なので日米関係史は、私の興味のひとつの中心になっています。
私の年越し本は『冬のフロスト』でした。
戸松淳矩
2014/01/01 23:54

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