(元)ミステリー作家T・A  あさっての日記

アクセスカウンタ

zoom RSS 「襲名犯」  竹吉優輔

<<   作成日時 : 2013/11/20 12:08   >>

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 4 / トラックバック 0 / コメント 6

本年度乱歩賞作品。
選評ではあまり褒めてもらえず、アマゾンのコメントでもさんざんの低評価が多い。
そんなにヒドい作なのかと、逆に興味をかきたてられて読んでみましたが、結論は「最近の乱歩賞作品とくらべて、べつにわるくないよ。取り立てて良くはないけど」というものでした。まあ標準作ではないですかね。

授賞式では東野圭吾・前推理作家協会理事長から、こんなお言葉が(記憶に頼っているので正確ではありません)。
「乱歩賞の壁が100メートルの高さだとすると、ほかの候補者は80メートルの梯子しか用意していなかった。しかし受賞者は100メートルの梯子を持ってきた。60メートルしか登れていないが、その志を買いたい」

褒めてるんだか、けなしてるんだか、よくわかりませんが、言わんとすることはわかります。
ほかの候補者は安定しているけど、新しい挑戦をしていない、ということですね。
以前、「江戸川乱歩賞の危機?」というエントリーで書きましたが、ほかの候補作の作者は平均年齢が50才を超えていたそうですから、応募歴もそれなりに重ねた方々なのでしょう。
年齢が上がってくると、自分なりの小説作法が定まってきますから、なかなか斬新さで勝負するのはむずかしくなります。
意図的に自分の殻を破る方法はありますが――かんたんにいえば、ほぼ出来上がった構成の一部をわざと壊してみるとか、自分の得意な発想の逆張りをするとか――これは失敗する場合も多い。

そこへ行くと、この作者は30代だし、これが処女作らしいし(30過ぎまで全然小説を書いたことがない、というならそれはそれで心配ですが)、ともかく新しさはある。
ストーリーの柱は、ブージャムと称される連続殺人犯が死刑になって14年後、その犯罪を模倣する者が登場する、というものです。ブージャムは殺した死体を一定の法則にもとづいて損壊していったのですが、その理由は伏せられていて、後半になるまでわかりません。
ブージャムを襲名すると称する新しい連続殺人犯も同じように死体の一部を破壊しますが、この理由はじつは師匠のそれとは違っている。
犯人捜しとともに、それぞれのサイコパスの持つ怨念が何だったかが、だんだん明らかになっていく、というお話です。

どこが新しさを感じさせるかというと、たんなる模倣犯ではなく、師匠と弟子による殺人犯の襲名、というところ。ただ多くの人が指摘するように、ブージャムがどうしてこの弟子をここまで惹きつけたのか、その魅力はうまく描かれていない。二人の死体損壊の理由がそれぞれ違うのですが、そのへんの動機の示し方も、あまり説得的ではありません。
ただ、こんなむずかしいテーマに挑んだ志は買える。東野さんのいう「100メートルの梯子」はそういうことだと思います。

細かいことをいうと、警察組織の描き方がテキトー。
受賞決定から刊行までのスケジュールをみると、直しを入れる期間が3、4週間はあったでしょうから、ある程度は直してあるのでしょうが、キャリア警察官が、所轄に置かれた捜査本部で現場捜査に当たることなんてありえません。しかしまあ、こういうことはだんだん覚えていけばいいので、目くじらは立てないでいいでしょう。

主人公がもっぱら受け身なので、話が展開していかない、との批判がありますが、私はそれはべつにかまわないと思います。主人公の周囲がストーリーを動かしているのだから、それで十分です。受け身でひたすら煩悶する主人公がいたっていいじゃありませんか。

あと個人的には、公立図書館の司書さんが利用者に頼まれてレファレンスをすることがある、という記述には「へー」と思った。もちろん、小説の材料を調べるのに司書さんが使えそうだな、という勝手な理由からですけど。

で、この小説のいちばんの難点はですね、サイコをめぐる心理サスペンスをめざしながら、謎解き犯人当てミステリーにもしようとして、どっちつかずになっていることです。
謎解きものとしては、登場人物が少ないし、犯人が少年時代にブージャムと知り合う場面があるので、誰が犯人かすぐわかります。叙述スタイルを使っていますが、叙述はもう手が尽くされていて、この程度の仕掛けではもう通用しません。
むしろ犯人当てはきっぱり捨てて、サイコ・サスペンスに徹したほうが、本来の目的を果たせたのではないか。
このままでは、書き込み不足もあって、ブージャムの魅力も感じられず、犯人の襲名動機もいまひとつ描けていない感じがします。

乱歩賞は550枚の制限があるので、あれもこれも入れて薄味になるより、重点化を図った方が良い。
でなければ、薄味なりに、ものすごくバランスの良い欠点の少ないスタイルをめざすか。
ただし、ゆくゆく長く小説で食っていこうというのなら、前者のタイプの方が有望な気がします。
……あ、この発言に責任は持ちませんけどね。

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 4
なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー)
ナイス ナイス

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(6件)

内 容 ニックネーム/日時
乱歩賞受賞作という言葉に食指が動かなくなった今日この頃です。
乱歩賞受賞作でサイコサスペンスって、ちょっと思いつきませんが…謎解きものに比べてアイデア一発勝負というわけにはいきにくそうかなー、と素人考えでは思いますが。
若月
2013/11/20 17:54
ミステリー新人賞もたくさんになりましたからね。乱歩賞作家も年に十何人も出る受賞作家のひとり、という位置づけになってしまいました。私も推理作家協会の末席を汚していますので、乱歩賞は特別な賞であってほしいのですが…。
サイコサスペンスはストーリーの作り方を工夫すれば謎を生み出せますから、無理に犯人隠しをするより、そっちに向かえばよかったんじゃないかと思いました。
作者の好みもあるので、何とも言えませんけど。
おそらく作者は過去の乱歩賞を研究して、やはり本格っぽくしなければ、と思ったのかもしれません。
戸松淳矩
2013/11/20 23:09
お久しぶりです。
ぶしつけで申し訳ないのですが、自分の殻を破る方法について、もう少し教えて戴けると幸いです。ちょうど自分で考えていることでしたので。
作家志望
2013/11/21 23:30
大沢在昌さん初め、エンタメ小説の書き方を解説したすぐれたハウツー本がいくつか出ています。そちらをお読みになることをお奨めします、
本稿でちょっと書いたことを少し敷衍すると、自分の作った構成を壊す、というのは、自然に作れば、どうしても自分のやりやすい構成になりますから、そこに異物を放り込んで、物語の方向をあえて変えてみる…というようなことです。もちろん一発でうまくいくとは思えませんが、そこから構成し直すと、思わぬ方にふくらんでいく可能性がありますね。しくじると、支離滅裂になりますが。
自分の発想の逆張り、というのは、たとえば密室トリックに自信があるなら、あえてそれを捨てトリックにする。密室つくりが失敗した、あるいは成功したが見破られた、そこから物語を始める…みたいなことです。
つまり、ふだんの自分ならやらないようなお話を、作らざるを得ないように無理矢理自分を追い込むんですね。追い込まれると、「あれ、自分ってこんなこともできるんだ」という場合があります。どっちも手法は同じで、成功するとは限りませんが、マンネリ打破にはなるかと思います。
戸松淳矩
2013/11/22 13:32
乱歩賞は、受賞作の一覧を見たら35作読んでいました。2006年から2012年までは「カラマーゾフの妹」を除いて全部読んでおります。
「襲名犯」は、図書館に8月に予約しましたが、まだ10人待ちです。
 自分で買って読めよと、作家からは言われそうですが、狭い家なのと、書籍代に限りがあるので新刊本を買うのには躊躇してしまいます。
 標準作と言っても、最近のものはネットでみてもあんまり芳しい評判ではないですね。
 「梯子」の解釈として「新しい挑戦」と言われていることは、どのようなことでしょうか。すでに「トリック」も「異常な犯罪心理」も書き尽くされていると思います。現役の作家を乗り越える作をということなのでしょうか。
<自分なりの小説作法>、<ほぼ出来上がった構成の一部をわざと壊してみるとか、自分の得意な発想の逆張りをするとか>とかの意味は、なんとなく判ります。
 乱歩賞の応募者が還暦間近の年齢の人とのことですが、ネットで超有名な作家養成講座の受講者の写真を見ると、結構年配の人が多いし、受賞者も50歳とか、高齢者が多いです。
 若者と高齢者を世代で区切るのは、何となく、時の施政者が高齢者を目の敵にして、介護保険を受けにくくしたり、生活保護を受給申請者を窓口で拒否するような、不快な感じをします。
 と言うのは、審査員も応募者と同じくらいの年齢であると思うのですが……。しかし、私の廻りでも本を読んでいる人はいないし、電車でもスマホーを見ている若者が多くて、本を読んでいる人って皆無です。
 乱歩賞以外の新人賞も読んでみましたが、面白いとは思わない。純文学のSの新人賞も読んでみましたが、どこが良いのかさっぱりわからなかったです。
眠り兎
2013/12/01 10:53
コメントありがとうございます。
ブログを読んで下さる方からご意見ご感想をいただくのは、書いたものがどう受け取られているかを知る、とても良い勉強になります。
35作とはかなりのものですね。ちなみに、私も数えてみたら37冊でした。昭和50年代以前の作品をほとんど読んでいないことに気がつきました。
梯子の喩えは、新しさもありますが、難しい課題に挑戦しているかどうかだと思います。プロ作家になると、新しいテーマや難題に挑戦しなければなりませんが、経験を積むと逃げ方も覚えていきます。ほかの候補作はたぶん、安定した書き方を選んでいて、そこに挑戦者の覇気が感じられなかったのかも…と選評を読んで思いました。
個々のケースは作品本位に評価すべきなので、年齢で分ける意味はありません。ただジャンルの未来を考えると、やはり若い人にたくさん参入してほしいのが実情です。マンガ、アニメ、ラノベ、小説ではSFに若い才能が出ていることを思うと、ミステリ者として焦りを感じてしまいます。それ以前に、ご指摘のとおり、本を読む人が少なくなっているのが大問題なのですが。
戸松淳矩
2013/12/01 12:48

コメントする help

ニックネーム
本 文
「襲名犯」  竹吉優輔 (元)ミステリー作家T・A  あさっての日記/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる