(元)ミステリー作家T・A  あさっての日記

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zoom RSS 「緑衣の女」 アーナルデュル・インドリダソン

<<   作成日時 : 2013/09/20 08:31   >>

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まず第一印象は、内容はともかくとして、人名と地名がなんともわかりにくい…。
私は若い頃から、英米ミステリーに馴染んできたせいか、英語圏の名前なら多少めずらしいものでもわりと覚えられるのですが、フランス語圏、ドイツ語圏になると、やや戸惑う場合があります。
最近はもっと馴染みの薄いスウェーデンのヘニング・マンケルなども読みますけど、あれはまあ探偵役が「ヴァランダー」と英語っぽいし、そんなに違和感がない。

でも、この作品は、捜査官がエーレンデュル、相棒がエレンボルクと、シグルデュル=オーリ、尋問相手にはホスクルデュル・ソラリンソンなんて寿限無の親戚みたいなやつもいる(男の名前にほとんど「デュル」が付くのはなんなのでしょう?日本名の「…夫」とか「…郎」みたいなものかしらん。著者の名前からしてアーナルデュルだし)。
で、出て来る地名がティデヴァルヴスピンだの、ヴェストゥルランズヴェーグルだの、クヴェルヴィスガータだの……。アイスランド人って、国を挙げて早口言葉大会でもやってるのかいな、と思ってしまいました。これ、道路やバスの行き先標示を読むのが大変でしょうね。…ま、アイスランドへ行く予定はたぶんないから、どうでもいいんですけれど。

この物語はエーレンデュルを主人公とするシリーズの一作で、邦訳でいうと去年出た『湿地』の続編だそうです。私は『湿地』を読んでいないのですが、前作を知らなくても読むのに差し障りはありません。
ジャンルでいえば警察小説。北欧の警察小説ということで、やはりヘニング・マンケルと似た印象を受けます。

お話はどんなものかというと、ある家の子供の誕生パーティが開かれ、そこに弟を迎えに行った医学生が、赤ん坊が人骨の一部をおしゃぶり代わりにしているのに気づく。…この発端の引き込み方はなかなか上手い。
人骨はパーティの当事者である男の子が、建設現場から見つけて、家に持ち帰っていたものとわかります。そこでエーレンデュル以下のレイキャヴィク警察捜査官が事情を調べ始める。
骨は第二次大戦前後のもので、遺体はおそらく殺害されたのだろうということがわかります。

ここでひとつ疑問になったのは、この国では、60年以上も前の「殺人事件」を捜査官を使って調べるのかな、ということでした。しかし解説を読むと、アイスランドは人口が30万人で、殺人事件は年に数件、ということだそうですから、そんなこともありうるのかもしれませんね。
捜査は、発見場所近くにかつてあったサマーハウスの元の持ち主や、借り主、その縁者、近所の住民、戦時中その近くの基地に駐留していたイギリス軍関係者、そのあとやってきたアメリカ軍関係者…というふうに進み、いかにも警察小説らしく、少しずつ事実が明らかになっていきます。

この現代編には、もうひとつのストーリーがあって、エーレンデュルの不幸な家庭環境が描かれます。おもに、身を持ち崩した娘との葛藤ですが、こういう警官個人が家庭に悩みを抱えている、という設定も警察小説ではおなじみですね。しかしまあ、これはありがちといえば、ありがちな感じ。

――というわけで、現代編に関していえば、ストーリー展開もわりと先読みできるし、ミステリマインドに満ちた企みなどはあまり見当たらないし、設定もありがちだし…手堅い良作ではあるけれど、新鮮さや驚きはさほどありません。
文章に独特の表現や雰囲気がある、というほどでもない。

この作品の評価を高からしめているのは、第二次大戦時代を描いた、過去編の方でしょう。
こちらは暴力男による悲惨なドメスティック・ヴァイオレンスを描いていて、なかなか迫力があります。時代の雰囲気も描き出されている。男は肉体的、精神的に妻と子供達をどんどん追い詰めていきますが、こちらもわりと簡単に先が読めるので、現代編で見つかった白骨死体が誰なのかは、途中でほぼ見当が付きます。
過去編の筆力のおかげでゴールドダガー賞を受賞したのだと思いますが、私の趣味からいうと、この家庭内暴力の描写はエグさが足りない。男のいじめ方がわりとワンパターンなので、ドライヴ感が足りないというか、ノワールの傑作みたいなヒリヒリした感じが不足している。

ミステリー的なひねりを利かせようとしたのか、作者の筆は、ラスト近くでやや意外な展開を見せます。私も一瞬、「…えっ、この話って、そっち行くのか!?」と惑わされました。それで収拾できるの、と不安と期待を掻き立てられましたが、この細工は結果的には、ある心理的な不自然さを生んでいます。「犯人」の心理からして、「こういうこと」はしない、というか、できないはずです。
全体にミステリ味は薄めなのですが、せっかくの細工がなんだか不自然な後味の悪さを残してしまい、「もうひとつ」感の漂う結末となりました。

…と思いつくまま書いてみたら、ずいぶん、辛い批評になってしまいましたね(冷汗)。
しかし本作のために弁ずると、これは読む前に書評家やほかの読者の、かなり高い評価を目にしていたためなんですよね〜。
まして、ゴールドダガー賞ですから。ゴールドダガーといえば、過去に歴史的大傑作をいくつも生んだ、ミステリーの頂点に立つ文学賞。
読み出す前からこれはもう大傑作に違いない、と期待はいやがうえにも高まり、それこそ斎戒沐浴して(しないけど)正座のうえで(これもしないけど)読まなければ、というような気持ちでページを開きました。
ですから、上で述べたことは、その極大の期待にくらべると……というくらいにご承知おき下さい。なんの予備知識もなく読んだら、きっと素直に「好感度の高い良作」として評価できただろうと思います。

――え? ここまで書いてきて、この本の版元が、自分の本を出している会社と同じだ、と気がついたからだろう、ですって?
いやいや、そうじゃありませんとも。
もう少し残酷場面がエグくって、ストーリーに「えっ」とおどろくような仕掛けがもうひとつ施されていたら、本年度の傑作として太鼓判を押したいところです。
とはいえ、描写がリアルな迫真力を増せば増すほど、ミステリー的な仕掛けとかひねりとかは使いにくくなるものです。絶品のカツ丼に絶品のカレーをかけたみたいに、それぞれを打ち消すような、ビミョーな味わいになってしまう。
そのへんは百も承知なんですが、読者の立場で読むと、あれもほしい、これをもっと、とわがままを言いたくなるものなんですなあ。ハイ。






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コメント(4件)

内 容 ニックネーム/日時
絶品のカツ丼に絶品のカレー……なんだか食べてみたいような、みたくないような。おっしゃりたいことはわかります。
魚釣人
2013/09/22 10:39
横溝正史に代表される本格物を松本清張が「お化け屋敷」と呼んだ昭和30年代から変わらぬ、文学的リアリズムとミステリーマインドの相克。
私は割り切ってカツ丼とカレーは別々に、交互に食べればいいと思いますが、まあ永遠の課題でしょうか。
戸松淳矩
2013/09/22 21:26
拝読しまして私が北欧ミステリーを苦手な理由が何となく判った気がします。
石ころ
2013/10/15 17:40
どうも恐縮です。
もともとブログは「この作品は良かったからご紹介します」というスタンスで欠いているのですが、この作品については期待値が高くなりすぎて、ついこんな書き方になってしまいました。
北欧もの苦手、という方はわりと多いようです。私は苦手ではありませんが、北欧ものやウォルターズなどを読んだ次は、クリスティやブランドなどの黄金期古典、現代物だとユーモアミステリーを読んだりすることが多いですね。
戸松淳矩
2013/10/16 09:58

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