(元)ミステリー作家T・A  あさっての日記

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zoom RSS 綿矢りさ 「勝手にふるえてろ」

<<   作成日時 : 2013/07/24 07:37   >>

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更新をさぼっているあいだに、はや1ヶ月が経ってしまいました。
このあいだ何をしていたかというと、長編第3作となる新作の執筆に没頭しておりました…と言えれば格好が付くのですが、あれやこれや雑事も多くて、あっという間にひとつき過ぎてしまったのが実情です。

それにしても、なんで、綿矢りさ?
とお思いの方もいらっしゃるでしょう。綿矢りさのどこが、ミステリーなの? と思われるかも知れませんが、ミステリー書きだからといって、ミステリーしか読まないなんて人はいません。いや、たぶんいないはずだ。

私なんか、時代小説は書くつもりも能もないけど、藤沢周平、全巻読破してるもんね。そのくせ、恥ずかしながら1冊も読んだことのないミステリー作家はたくさんいます。

で、綿矢りささんですが、私はこの人が19歳で芥川賞を受賞した(『蹴りたい背中』)ときから、わりとよく読んでいます。べつに、若くて顔がきれいだからではありませんよ。まあ、それもちょっとはあるかもしれませんが…

その理由は単純で、今の若い女の子の生態、ものの考え方、感じ方、言葉遣いといったものを学ぶため。これがいちばん大きい。
というのも、わが家には男の子はいますが、女の子がいない。
でもミステリーとはいえ、小説を書く上で、若い女の子を描くときにリアリティがないというのでは困ります。しかし日常的に女の子の考え方を研究したり言動を観察できる環境にないので、若い女性作家のものをときどき読んで勉強するわけですね。

そして、自分が実際に見聞きしている、現実の若い女性から受けた印象と突き合わせて、作中人物を造形していくという次第。
で、そうした若い女性作家のなかで、いちばんおもしろく読めるのが、綿矢りささんなのです。

この人は、まず文章がいい。
といっても美文だとか、文学的表現にすぐれているという意味ではありません。わかりやすくて平明で、くせの少ない文章です。それでいてどこか古風で端正な趣がある。
まあ早くいうと、父親くらい年の離れた、私みたいなおじさんが読んでも、まったく違和感や抵抗がない。けれども、やはり現代の若い女性の感性がそこかしこに感じられます。
というわけで、おじさんにはとても取っつきやすい文章なのです。

芥川賞を受賞したときにも、選考委員の石原慎太郎さん(当時70歳くらい)と村上龍さん(50歳くらい)が強く推したそうですが、さもあらんという気がします。
おじさんキラー、文壇の堀北真希さんみたいなもんですな。

さて、この『勝手にふるえてろ』ですが、2人の男性のあいだで揺れる、26歳のOLの物語です。
しかし、主人公のヨシカがほんとに好きなのは、イチ彼。イチ彼というのは、1番目の彼、という意味。
2番目であるニ彼は、ヨシカに言い寄ってくる同じ会社の営業マンですが、ヨシカは彼のことを何とも思っていない。
思う人には思われず、思わぬ人には思われる……という、よくある恋愛バナシですよね。

ヨシカは二に告白されたことがきっかけで、いろいろ思い悩んだすえ、中学卒業以来会っていないイチと会う算段を考える。ほかの友達の名を騙ってクラス会を開き、そこでイチに接近しようというのですな。
彼女はこの年までイチを思い続けて男性と付き合ったことがないだけに、奥手で少女趣味っぽいところがある。もちろん処女です。
そのわりに、「陰謀」でクラス会を開いちゃうなんて、思い切ったことをするところがおもしろい。
クラス会の当日も、たまたまイチが東京で働いていると知ると、上京組だけで会う計画を持ちかけたりして、なかなか行動的でもある。

このへんが、リアルですよね。
男性作家、それも観察力のない作家が書く女性がウソくさいのは、自分の頭のなかにある理想的な女性像とか、勝手に創り上げた好みのタイプを、作中のヒロインにそのまま投影してしまうからでしょう。
だから、奥手でシャイなタイプを設定すると、ただただおとなしくて可愛く、純情な、女性から見ると「こんな女、いねーよ」と言いたくなるようなタイプしか書けないのですな。
…ううう、書いててつらくなってきた。
「それ、おまえのことだろ」というつぶやきが、どこからともなく聞こえてきます…

しかしリアルさが光るのは、ここからです。
東京で会ったヨシカとイチは、あるきっかけから、思いがけず話がはずむのですが、なんと彼はヨシカの姓名を憶えていなかった!

ここからヨシカの心の揺らぎがはじまる。名前すら忘れていたというイチをそれでも追い続けるか、愛せるとは思えないが愛してくれているニに心を開くべきか。
さらにそこへ、親友だと信じていた美人の来留美(くるみ)が裏切りをしていたことを知る。
そしてそして、あれこれあったあとで、ヨシカは抱腹絶倒のとんでもない行動に出ます。
これは唖然としつつも、笑えます。
いやあ、綿谷さんのキャラ作りはすごい。しんみりさせて笑わせて、ハラハラさせて、それを奇抜なストーリーで読ませるのでなく、主人公のキャラだけで描き出してしまう。
それでいて、リアルなのです。まったく、作り事っぽくない。
こういう女の子っているよな、と思わせ、こんなことも現実にありそうだ、と思わせる。

そしてラスト。うーむ、深い。29歳の綿谷さんの導き出したラストに、ほとんど父親世代の私が感心してしまった。なるほど、女性ってのは「愛」について、ここまで、こんなふうに考えるものなんだ。
こりゃどう逆立ちしたって、私には恋愛小説は書けないな。
こんなこと、考えたこともなかったもんなあ。
男の子がトラとライオンはどっちが強いかとか、宇宙は拡大しているというけど、その外側には何があるんだとか、女の子のパンツのなかはどうなっているんだろうとか、そんなことを考えているときから、女の子は男女の愛の葛藤やら、女の世界でのすさまじい心理戦をくぐり抜けているんだもんなあ。
どうしたって、勝ち目はないよ。
いや、べつに勝たなくたっていいんだけども。

というわけで、デビューの頃は美少女純文学作家だった綿谷さん、三十路を前にして、本領発揮してきた感があります。巧まざるユーモアがあるし、女性心理をきめこまかく描き出す手際はさすがです。
もっと新しい『かわいそうだね?』も同系列ですが、おもしろいですよ。







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コメント(6件)

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初めまして。
ブログを拝見しております。

ちなみに戸松さんは石原慎太郎、村上龍の小説についてはどのような感想をお持ちですか?
マーロン
2013/07/24 12:14
コメントありがとうございます。
「作家」とタイトルに掲げていますが、羊頭狗肉のブログを読んで頂けて、感謝いたします。

さて石原慎太郎、村上龍、お二人の小説にどんな感想を、とのお尋ねです。申し訳ないのですが、私はこのお二方の作品はほとんど読んでおりません。まったく面目ない。石原さんについては短編をいくつかと、冒険サスペンスものを1冊読みましたが、大昔のことで、内容もどんな感想だったかも憶えていません。
村上さんはデビュー作「限りなく透明に近いブルー」を読んだきりです。それも30年以上前で、表現の新鮮さは感じましたが、あまり印象に残っておりません。こんなお答えでは恥ずかしいので、少し弁解しますと、私は戦後の作家ですと、遠藤周作・吉行淳之介・北杜夫・島尾敏雄・安岡章太郎といった「第三の新人」世代と三島由紀夫、安部公房などが好きで、そのあとにきた石原、大江、開高といった世代はなんとなく読まず嫌いに過ごし、その次の世代になると、古井由吉、宮本輝、村上春樹、倉橋由美子といった作家をわりとよく読んできました。しかし村上龍はなんとなく読まないまま。どの作家を読み、どの作家を読まないか、理由はよくわかりません。われながら不思議です。
戸松淳矩
2013/07/25 03:38
読まず嫌いはよくないと思うのですが、それでもやはり若い女性作家が若い女性を描く話には食指が動かないというのが正直なところです。私は本当の本好きとは言えないのかも。
こういうジャンルを読むのは勉強のためというのが一番大きいとのことですが、もし文筆業をされていなくても綿矢りさの本に手を出していたと思われますか?
若月
2013/07/25 16:45
戸松さん、率直なお応えを有り難うございます。

戸松さんの坂井泉水さんの死についての推測や、西村賢太作品への感想など実に興味深く読みました。
文章が大好きです。
戸松さんの小説を購入して読みたいと思います。

マーロン
2013/07/25 20:05
>若月さん
うーむ、イタいところを突いてきますね(笑)
正直にいうと、たぶん読んでないと思います。史上最年少の芥川賞作品くらいはどんなものかと野次馬根性で読んだかも、と思いますが…。
ほかの女性作家も読んではいますが、綿矢さんは女性にはめずらしく、といったらまずいかもしれませんが、ユーモラスな描写がうまい。おもにヒロインの身勝手な妄想がおかしいのですが、クスッと笑わせてくれます。
だから読み慣れると、わりと固定ファンになりやすいと思います。
ただ、中年以降の男性だと、最初に手を出すきっかけはなかなかないかもしれませんね。
戸松淳矩
2013/07/26 03:30
>マーロンさん
文章を褒めて頂けるのは、物書きにはいちばんのご馳走です。
ありがとうございます。
ですが、ここで書いているのは、普段着のおしゃべり口調で、実際のしゃべりもこんな感じだとよく言われます。
ところが小説の文章は、素で書いてるわけでなく、作っているんですね。「剣と薔薇の夏」というのは19世紀のニューヨークが舞台だったので、翻訳ぽく書きました。
「うそつき」という昨年の本は、サスペンスもので内省的部分が多いので、それっぽく書いています。
なので、ここでのお気軽な調子とはだいぶ違いますので、お気に入って頂けるかどうか、自信がありません。
いま書いている本は、2つのパートのうち、ひとつはわりと素に近いところで書いていますので、よろしいかもしれませんが。
ともあれ、どこかでお目通しして戴ければ、とてもうれしく思います。
戸松淳矩
2013/07/26 03:42

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