(元)ミステリー作家T・A  あさっての日記

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zoom RSS 中町信さんの『模倣の殺意』について

<<   作成日時 : 2013/05/21 15:36   >>

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これから書こうとしているのは、いわゆる書評ではありません。
というか、この作品は書評不能なミステリーなのです。中味の重要な部分にふれるとネタバレになってしまうし、ほかの作品との比較を書こうにも、それがまたネタを割ってしまう、という、とても難儀な作品だからです。

ですから、草原にいるライオンを、遠巻きにしながら眺めるような、そんなお話だけしてみたいと思います。ところで、いま「草原にいるライオン」と喩えたのは、本書が「創元推理文庫」から出ているから、というしょーもないダジャレです。はい、いきなりくだらなくて、申し訳ありません。

えっと。では、気を取り直して。
じつはこの本は、もともと、第17回の江戸川乱歩賞候補だったのですね。乱歩賞は今年で59回めで、来年で第60回記念ですから、すごく古い作品です。もうすぐ還暦の、押しも押されもせぬ堂々たるおばちゃんが、花も恥じらう女子高生だった頃に書かれた作品……ね、すごいでしょう?
そんな古い作品が、今になって、あちこちの書店で文庫売り上げ第一位を占めているんだから、誰だっておどろきます。松坂慶子さんがAKBの総選挙で1位になったようなおどろき(違)

ちなみに、この年の乱歩賞は受賞者なし。
第15回が森村誠一『高層の死角』、第16回が大谷羊太郎『殺意の演奏』ですから、この頃の乱歩賞は本格作品が多かったようです。ついでにいうと、第18回は和久峻三『仮面法廷』で、第19回は小峰元『アルキメデスは手を汚さない』。
こう並べてみると、なぜ斬新な本格作品である『模倣の殺意』が受賞できなかったのか、ふしぎな気がしますね。
けれど推測するに、理由はたぶん、2つある。

ひとつめの理由は、この作品のトリックの新らしさが理解されなかったこと。
なぜならこの作品のキモは××(ネタバレになるので伏せ字)だということなのですが、そういうタイプの作品は、本邦ではこれが初めてだった。そのため、読んだ選者のなかには驚倒する人もいたでしょうが、「なんだ、こりゃ?これがミステリーか?」と呆れた人もいたのではないかと思われます。
その後、「××の××に×を×××××××」に代表されるような作品がたくさん出ていますから、いまの私たちは、本作のどこが「すごい」のか、すぐにわかります。
むろん、トリックそのものは、手練れの読者なら途中で見破れるでしょう。
しかし、それはクリスティやクイーンだっておなじこと。いま『ABC殺人事件』や『エジプト十字架の謎』を読めば、トリックはわりとかんたんにわかります。
だって、それを模倣した後続作品を、私たちは山ほど読んでいるんですからね。

そして、二つめの理由は、これはちょっと言いにくいのですが、中町さんの小説はあまり文学的な風趣には富んでいない、ということです。まあ、中町さんには失礼な言い方になりますが、小説そのものが上手い、という器用なタイプの作家ではないと思います。
しかしミステリー作家としての発想力、そして謎を組み立てて、もっとも効果的な角度からその謎を見せる、という構想力には、まちがいなく秀でている。そういう作家なのです。

このタイプの作家は、乱歩賞に限らず、文学賞ではベストワンに選ばれにくい傾向があります。一点突出しているものより、総合点の高いものの方が、コンテストには強い。もちろん、飛び抜けて発想が優れていれば別かもしれませんが、それがまた斬新すぎて正当に評価されない場合がある。

過去に「なぜこれが受賞していないんだ?」という候補作がいくつかありますが、それはそういうことだったのではないのかな、と私は勝手に思っています。ちなみに中町さんはその後も、第18回と第25回の乱歩賞候補作に選ばれ、1987年には『十和田湖殺人事件』で日本推理作家協会賞候補にも挙げられています。

その後、2004年に本書は創元推理文庫に入りますが、そのときの売り上げもまずまずといったところだった。けして大ヒットしたわけではありません。
中町さんはその後も、旅情ミステリーなどを中心に書き続けますが、やはり真骨頂といえるのは、『空白の殺意』『天啓の殺意』など、初期の10年くらいに発表した本格ものでしょう。

ちょっと私事になりますが、数年前、ふとあるアイデアを得て、戸川安宣さんに「こんなネタを思いついたんですが、こういう作品って過去にありましたか」とお訊きしたことがあります。
戸川さんは「たぶん、ないですね」と答えて下さいましたが、「そのタイプのものを書かれるなら、中町さんの作品を読んでおいた方が良いですよ」と、創元文庫から出ていた何冊かを送って下さいました。
それで中町さんの作品をまとめて読んだわけですが、その発想のおもしろさには感嘆しました。
ひとことでいうと、コロンブスの卵的な着想で、「よくこんなことを思いついたなぁ」というアクロバットなものではなく、「言われてみれば、なぜ今まで、この手があるのに気がつかなかったのか」といった感じでしょうか。

ただ私の好みから言わせていただくと、中町作品は演出の面がやや寂しい。
使われる舞台が、だいたいどの作品も平凡な現代生活を背景にしています。そういう作品でももちろんかまわないのですが、もう少し、舞台に面白みというか、色がついていたら、もっとアイデアが引き立ったのではないか、という印象があります。
おそらく中町さんはご自分を、アイデア勝負の作家だと自任されていて、あまりそちらの方面には興味をお持ちでなかったのでしょうね。よけいな夾雑物がない方が、ストレートに面白さが伝わるから、という考え方もあるかもしれません。


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コメント(4件)

内 容 ニックネーム/日時
「模倣の殺意」は以前手にとって、なんだかめんどくさそうな感じだなあと思ったのだけは覚えています。なぜそう思ったのかも忘れてしまいましたが。似たような後続作品もあるとのことなので、あまり先を読もうとせずに読むほうが楽しめそうな気が。
若月
2013/05/21 17:05
私は、めんどくさい…という感じはあまりしなかったですけれど。どちらかというと、読みやすそうな印象でした。おっしゃるとおり、先読みせず、素直にお読みになった方がよろしいと思います。できたらオビや紹介文も後回しにした方が。ミステリを読み込んだ読者だと、ちょっとしたヒントで…いや、やめておきましょう。危ない。
戸松淳矩
2013/05/22 10:55
今日初めて行った書店でポップ付きで平積みになっていました。今売れてるんですね。何故かしら。
私は創元推理文庫に入った時に作者を知って読みましたが、ネタが特殊な気がしてあまり感心しなかった覚えがあります。

その代わり「天啓の殺意」には見事に騙されました。私はこっちの方が好きです。
他にも傑作があるようでこれから捜して読んでいくのが楽しみな作家の一人です。
石ころ
2013/05/31 23:35
一書店のプッシュから売れ出したそうですが、なぜ今売れるのかはよくわかりませんね。ご本人はお亡くなりになっていますが、冥界があるなら、きっとびっくりされていることでしょう。
じつは私も「天啓…」の方を評価します。アイデア的にもめずらしいと思います。前期本格については特異な作風の作家なので、マイルストーン的な存在として残っていくのではないかなと思います。
戸松淳矩
2013/06/01 08:58

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