(元)ミステリー作家T・A  あさっての日記

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zoom RSS 愛おしい骨 キャロル・オコンネル 

<<   作成日時 : 2010/11/07 15:49   >>

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およそ書評に純粋に客観的な評価なんてありえませんが、それにしてもこの小説は評価するのがむずかしい。一読してそんなふうに感じました(前回もおんなじようなことを言いましたっけ)。
たいへんよく練られているし、構成もみごとだし、ことに筆力はたいへんすばらしい。その意味で傑作と言ってまちがいないでしょう。年末ランキングでもかなり上位につけるのは確実で、私もそれに異存はありません。しかし、問題もまた多い。

その問題の点をどう見るか、そこに引っかかるか、それともわずかな瑕疵として見過ごすか、あるいはこれはこれで完結した世界なのだと積極的に認めるか、それによって評価は違ってくるような気がしました。そして私は、そこに引っかかりを感じてしまった。まあ、あっさり言ってしまえば「こういうのはちょっと苦手かなぁ」ってところ。料理にたとえると、素材は高級、調理の腕も抜群、一級品であることは認めるけれど、好みではない。そんな感じでしょうか。

ストーリーを一部だけご紹介すると、主人公オーレン・ホップズは20年前、彼が17才のとき弟が行方不明になってしまった経験がある。それ以来、家を離れていたが、父と暮らす家政婦ハンナに乞われて、自宅に帰ったところから物語が始まります。
じつはホッブズ家では、何者かが弟の遺骨らしき人骨をポーチに置いていくという、怪現象が起きていた。保安官から強制されたこともあって、オーレンは20年ぶりに弟の事件の捜査に乗り出す。
弟ジョシュアはいなくなったとき15才でありながら、天才的な人物写真家だった。彼の撮った写真は、街の公共施設に今も飾られ、個人で大切にしている人も多い。その人物写真は人の心の動く一瞬をよくとらえていたが、それだけに知られたくない誰かの秘密を暴いていたのかもしれない…。
というわけで、オーレンは街の人々のあいだを話を聞いて回り、それによって眠っていた20年間の過去がふたたびうごめき始める。そんなお話です。

この小説のすぐれたところを挙げると、まず、構成の緊密さ。多視点を使いながら、物語の進み行きにまったく停滞がないし、無駄な繰り返しもない。複雑なストーリーがたいへんテンポ良く進むのに、展開がわかりやすい。これは作者が周到に構成を考えて書いているためでしょう。そんなのプロなら当たり前だろう、と思われるかもしれませんが、これだけ多くの登場人物の行動をきちんと心理描写を加えながら、手際よく描いていくのは、かなりの難行のはず。

そしてすべてのキャラがとっても濃い。読んでいる途中で「これ、どんな人物だっけ?」と思わせるような人は一人もいない。どの人物も初登場の場面で、いきなりくっきりした印象を残します。この造形力はたしかにすばらしい。力のない作家がこれをマネしたら、たぶんマンガチックな「失敗したユーモアもの」になってしまうでしょうね。

謎めいた人間関係が重層的に重なっており、それが多視点の語りで展開されていくので、全体像を見取ることはなかなかできません。手法的にはモジュラータイプの警察小説に似ているかもしれない。それらの謎が終盤で解かれると、メインの謎――誰が弟ジョシュを殺したのか、誰がどんな目的でその遺骨を置いていくのか――が明らかになる。
同じ作者の『クリスマスに少女は還る』のような、びっくりさせる仕掛けはありませんが、謎解きのおもしろさもじゅうぶんに楽しめます。

さて、ここからが批判になります。
まず第一に、「これはちょっと…」と思わされるのは、キャラ作りが「やり過ぎ」だということ。筆力があるからそれも楽しめますが、ここまでやるとお話そのものがウソっぽくなってしまう。
主人公オーレンは、元アメリカ陸軍の犯罪捜査部で辣腕をふるった准尉。その腕前があるからこそ、この事件の解明でも活躍するわけですね。この設定は別にかまいませんよ。全然、問題なし。オーレン自身は極端なところのない、バランスの取れた人格の持ち主ですから。ところが、彼は少年時代に「天使」と呼ばれたほどの超美男子なんですな。10代の頃から、街じゅうの女たちの目を惹きつけていた。弟のジョシュもまた同じ。
…正直なところ、私などは、ここでもう「なんだかなあ。昔の少女マンガじゃあるまいし」という感じを持ってしまいました。

そして次々に出て来るのが、「幼女の頃から寄宿学校に入れられ、母親に捨てられたという思いを抱き続けてきた鳥類学者」「アルコールに溺れ、塔の部屋に半ば軟禁されている、その美しき母親」「天才児として育ち、あこがれの警察官になったのに、ある事件で障害者となってしまった大邸宅に暮らす男」「かつて期待された新人作家でありながら、ゴシップライターとなってしまった屈折した元小説家」「元判事で夢遊病に悩むオーレンの父」「怪物と呼ばれ、巨大な肉体を誇る凶暴な図書館司書」「ホテル経営者の妻で、かつてオーレンを若いツバメにしていた熟年美女」「身元不明で抜群に頭の切れる家政婦」などなど。
後半には、一見ふつうのおばさん、実は腕っこきの捜査官、という刑事コロンボの女性版みたいな警察官も出るし、悪知恵の固まりみたいなイヤミな弁護士もいる。
さて、いかがでしょうか、この小沢一郎氏もびっくりの、「影の濃い」キャラたちのオン・パレード。

私は、こういう物語もアリと思うし、おもしろいとは思います。けれどこれは小説を読む楽しみとは、どこか違うような気がする。キャラがよく描けているというのは、こういうことではない、と思うのですね。そういう方向でこの作品をミステリーの域を超えた文学だとか、小説としてすぐれているとか持ち上げるのは、見当外れではないかと考えます。

そして、もっとまずいのは、この多彩な登場人物たちのさまざまなふるまいの動機が、ほとんど「愛」で語られていること。これはいただけません。
前にも書いたかもしれませんが、「愛」というのは小説を作る上で、非常に便利なアイテムなんですね。なぜかというと、年齢、社会的立場、境遇、思想信条の違い、ありとあらゆるものをいっぺんに乗り越えて「愛」は人と人とを結びつけてしまうからです。だから、おどろくほど意外な人間の結びつきも、どんな奇矯なふるまいも「そこには愛があったのです」と言われてしまうと、「…そうかぁ。愛していたなら、そりゃ、しかたないなあ」で済んでしまう。

だから、「愛」を語るなら、それがどんな愛なのか、どういう背景を持ち、どの点でユニークなのか、そこを描かなくてはなりません。そのあたりが、この作品では丁寧に扱われていない。「愛」が物語を作る上での、便利な記号以上のものになっていない。ラスト近くで錯綜していたお話がバタバタと片付いていく…という、やや雑な印象がぬぐえませんでした。
まあ、この作品の前に『エアーズ家の没落』を読んでいたせいかもしれませんけど。

そしてついでに言えば、主人公オーレンの恋人になるイザベルですが、あんな幼稚なことをする30代の女はいないでしょう。あれでは精神年齢が12才で止まっています。
あと、ラストで主要人物がバタバタ死んでしまうのも、ちょっと、どんなものか。「死」もまた物語作りの上では、とても便利なアイテムですが、扱い損ねると物語をぶちこわしにする怖い要素でもあります。これも扱い方がなんだか雑な気がしました。

…と、あれこれ文句を垂れてみましたが、それなら、もし未読の方にこの作品を読むべきかどうか尋ねられたら、私はどう答えるか?
――はい、迷わず、お奨めします。「ぜひ、読んで下さい」と。
つまり、これは一種のおとぎ話なんです。そう、オトナのおとぎ話(オトナの、といっても変な意味ではありませんよ)。こんなキャラ、ありえないだろ、とか、こんな展開あるもんか、とか小賢しい批評はおいといて、物語に翻弄される楽しみにいっとき、ふけってみる。
そんな読書もまた、本を読む楽しみではないでしょうか。この作品はそれを叶えてくれるだけの、じゅうぶんなパワーを持っているのですから。

……結局、ホメてるじゃん。







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