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先日、たまたま出先で時間ができたので、新宿タカシマヤのテアトル・タイムズスクエアで「つぐない」を観てきました。ちょうど原作本『贖罪』を読んでいる途中なので、読了したら見に行こうと思っていたのですが、上映開始時間にその場に居合わせちゃったんだから、これはもう観るしかないですね。 先に原作のことにふれておきますと、これ、まぎれもなく傑作です。イアン・マキューアンというイギリスではもう大家に連なる作家が書いたもので、ここ数年では文句なく、マイベスト。…ベスト1が言いすぎでも、ベスト3には入ります。平成15年に新潮社から単行本が出ていたそうですが、まったく気がつかなかったなあ。 こんど映画化されたので文庫入りしたようで、上下2巻、合計600ページ強と読み応えも十分。 ただしミステリーではありません。ではないのですが、手法はなかなかのミステリータッチと言ってもいい。まあ、くわしくは読了してから書いてみる…かもしれませんが。 お話は、ブライオニーという13歳の少女が中心で、彼女がのちに小説家になり、人生最後の作品として書いたのがこの『贖罪』だった、という二重構造になっています。この子が姉のセシーリアと使用人の息子ロビーの恋愛模様をわきから観ているのですが、そこに思春期の少女なりのバイアスがかかる。折から従姉のローラが何者かにレイプされる事件が起こり、ブライオニーはその犯人をロビーだと思い込む。ロビーは彼女の証言をもとに逮捕され、3年間の服役ののち、戦場へおもむき、セシーリアは実家を飛び出してロンドンで看護婦になる。 ところが…というふうに展開するわけですが、けして甘い恋愛ものでも、たんなる冤罪ものでもありません。その意味では邦題の「つぐない」よりは、宗教的な原罪をイメージさせる「贖罪」のほうが正しい。ちなみに原題はatonementです。 映画は原作にほぼ忠実に、ていねいに作ってあります。原作があれだけしっかりしていると脚本で冒険はできないだろうから、これはこれでよい。ただ、長い小説を映画化すると、どうしてもあらすじを追っただけみたいになって、原作よりも貧弱になるものです。この映画にもそういう面がないわけではありません。たとえば北フランスの戦場のシーンなどはもっと厚みがほしかった。しかし、そこはかなりうまくクリアしているほうでしょう。 主演はキーラ・ナイトレイ(セシーリア役)。いまやイギリスを代表するトップ女優ですね。でも85年生まれの23歳というのはちょっと意外でした。23にしちゃ貫禄あるよなー。日本の同年齢くらいの女優さんとくらべると、ずっとおとなびています。 わが国の22、3の女優といったら誰ですかね? 最近、芸能関係にはうとなっているので思い浮かびませんが…相武紗季ちゃん?…日本人は一般に西洋人より若く(こどもっぽく)見えるようですけれどねぇ…私も40歳くらいのとき、フランス大使館のパーティに黒服着て行ったら、フランス人マダムに「ちょっとボーイさん」とか呼ばれてしまったことがありましたなあ。ま、そんなことはどーでもいいですが。 ジェイン・オースチンの「プライドと偏見」もナイトレイ主演で映画化されましたが、あちらは18世紀のイギリス貴族の物語で、こちらは第二次大戦前、1935年の地方旧家がメイン。それに戦中の北フランス戦線とロンドン、そして1999年の3つの時代から構成されています。 同じイギリスの旧家でも200年の昔と70年の昔ではかなり雰囲気も違います。日本でいうと江戸時代の後期と昭和初期くらい離れているんだから、あたりまえといえば、あたりまえなんですが。ナイトレイはもちろん、時代の違いを表情としぐさで、しっかり演じ分けています。この映画では、なにしろ館の図書室でセックスしちゃうんだもんなぁ…それも立位で、初体験だってのに。それ無理だろうって(笑)。 おどろかされるのはラスト。原作もそうなっているのですが、「えっ、それはないでしょ」と叫びたくなるような、無慈悲かつリアリティに満ちた結末が待っている。一種のサプライズ・エンディングですね。しかし、見終わったあと、しばし座席から立てなくなるようなこのショックがあるがゆえに、原作のテーマがしみじみと伝わってきます。 で、帰宅した私は映画のプログラムをじっくり眺めたのち、藤沢周平の短編集「時雨みち」を読み始めた。目当てはこの本に収録されている「山桜」という短編です。マキューアン原作の映画を見てきて、いきなり藤沢周平を読むとは、これいかに? 映画情報にくわしい方なら、すぐおわかりでしょう。じつは上映前の予告編に、この「山桜」があったんです。東山紀之、田中麗奈主演。監督・篠原哲雄。もちろん原作は藤沢周平。この本はかなり前に読んでいるので、内容はすっかり忘れてしまっています。だから、えーと、どんな物語だったっけ、と考え考え帰ってきた。 それで短いしすぐ読めるから…と読み出したんですが、これがマチガイでしたな。私はもともと大のつく藤沢ファンで、藤沢作品は短編集一冊を残して、すべて読破している。お気に入りの「蝉しぐれ」「市塵」なんか5回くらい読み返しています。しばらく読まないでいると、またうずうずと読みたくなってくるという、まあ藤沢周平中毒です。 それが、内容を忘れちゃってる短編集に手をつけちゃったら、これはもういけませんよ。もう一編、もう一編とページを繰るうち、ハッと気がついたら一冊読んでしまっていた。…うおおーっ、今日の仕事のノルマはどうするんだよーっ、と頭を抱えても、もはや後の祭りでございます。 げに恐ろしきは文芸の力。けれど、これが真の小説家というものでありましょう。それにひきかえ…いえ、ひきかえること自体、おこがましいわけですが。 |
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あんまり関係ないですが、藤沢周平はミステリーファンだったんですよね。 |
石ころ 2008/05/02 17:04 |
そうなんですよね。それ、書き忘れていました。エッセーのなかでも、いろいろな、とくに翻訳ミステリーを読んでいることを書いていて、意外な感じがしました。「ヒューマン・ファクター」などはかなり褒めていましたね。 |
戸松淳矩 2008/05/03 20:04 |
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