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ふだん翻訳ものを読むことが多いのですが、じつは高校以来の清張ファンでもあります。好きな作品はミステリーでは『火の路』、『球形の荒野』あたりで、短編だと「地方紙を買う女」、「書道教授」、「或る小倉日記伝」以下の初期のもの、歴史ものノンフィクションで『文豪』、『両像森鴎外』などでしょうか。これらはいま思いついたものを挙げただけで、ほかにもたくさんあります。なにしろ作品が多すぎて…。 長編の8割、短編の7割くらいは読んでいると思うのですが、清張作品の魅力はひとくちで言えば、再読三読が利くこと。これは読んだことがあるなと思っていても、読み出すとすぐに物語の世界に引き込まれてしまう。お話がおもしろいのもありますが、やはりそこが筆力というものでしょうね。 清張さんの文章は美文ではないし、華麗な比喩が使われるわけでもない。ひとを酔わせるようなリズムがあるとも思えません。淡々として、無駄がない。うまく描写してやるぞ、というような力みもない。けれど引き込まれます。情景や場面が頭にはっきりと浮かんでくるし、こみいった説明もわかりやすく呑み込ませてくれる。 世間には、「お勉強」の跡がありありとわかる小説が、しばしばありますよね。作家が取材したこと、調べたことがこれでもかとばかりに書き込まれていて、読んでいるとこれがいちいち鬱陶しい。…そりゃ、おまえの小説だろうが、と言われるかもしれませんが。とほほ。 つまり知識や情報がナマのまま放り出されていて、小説としてこなれていないからでしょう。清張さんの作品にはそういうことがありません。ノンフィクションの『昭和史発掘』や『日本の黒い霧』でさえ、情報が地の文にすんなりと馴染みこんでいる。これぞプロの技です。 その卓越した実力のゆえか、没後15年を経ても、清張人気は衰えません。定番の文春文庫や新潮文庫は版を重ね続けているし、企画物の出版も盛んです。最近だけでも、文春文庫から宮部みゆきさんが編集した「傑作短編コレクション」全3巻が出ているし、「初文庫化作品集」が双葉社から出ました。 大きな版ですが新潮社から出ている「傑作総集」も4版くらいまで重ねていたはずです。これなんか2段組みで1000ページ近いですからね。もちろんお値段も文庫本なら10冊近く買えるほど高い。…こういう企画ものが出るとつい買ってしまう私も、われながら、かなりの清張オタクですねー。『点と線』なんか、版違いでたぶん4冊くらいあると思いますよ。 さて、文春文庫『陸行水行』の新装版ですが、初出は週刊文春の昭和38年10月から翌年3月にかけての短編シリーズ連載です。 4編の中短編が収録されていて、表題作は、清張さんが初めて手がけた古代史ミステリー。邪馬台国もの。ここから古代史関係の研究が本格化して、『火の路』につながっていったわけですね。もっとも専門家筋は清張古代史をあまり評価していないそうですが、古代史に暗い私などは、この『山行水行』の邪馬台国論を読むと、へえ、なるほど、そうかもしれないなあ、と単純に信じたくなります。『火の路』を読んだときもそう思いましたが。 しかし清張さん自身は、小説と歴史論考は別のものと考えていたフシがあって、小説は歴史観を語るためではなく、あくまでフィクションとして割り切って書いていたようです。この作品でも、作者が書くことを楽しんでいる気配が伝わってきて、そこが門外漢には煩わしい歴史談義をおもしろく読ませるのでしょう。だから歴史の事実をよく知らない読者でも、ミステリー的な謎解きを楽しむように読むことができる。歴史ミステリーのお手本ですね。 この作品は古代史ネタなので執筆当時の社会相はあまり伺えませんが、「五十万円の金を持っていたから、古びた小さな漁船ぐらいは購入できたと思う」という記述があります。ほかに論文集の自費出版の協力金として、「二万円出した」とか「三万円出した」という文章もある。今から44年前の物価水準がこういうところでわかります。 旅行に行くのに大金を現金で持っていくあたりも、カードのなかった時代をよく表していると思いました。今だと200万円とか300万円とかを持ち歩く感覚ですかね。 清張さんの小説は昭和社会史のテキストだ、と言ったのはコラムニストの泉麻人さんですが、今から読み返すと、たしかにディテールにも発見のおもしろさがあります。清張さんはわりと物の価格や、当時の地理、交通ルートなどをきちんと書き込む人なんですよ。それから社会の情勢や風俗などもさりげなく点綴されている。 たとえば「形」という冒頭の作品に観光道路建設の話があります。昭和38年といえば、東京オリンピックの前年で、高度成長まっただ中。新幹線ができ、道路建設がこれからピークを迎えようという頃です。 われわれは20年30年先のことを考えて設備投資するのだという言葉が出ていますが、これが四半世紀たって、建設国債の償還期が始まると、膨大な財政赤字の原因のひとつになる。悪名高い道路公団もこの頃はバラ色の未来を描いていたんでしょうか。 物語は土地収用を背景にした死体隠しのトリックを扱うものですが、時代の空気がよく伝わってきます。 「断線」という中編は、稀代の連続殺人犯・西口彰(佐木隆三『復讐するは我にあり』の主人公)をちょっと思い出させるような犯罪小説。次々にカネのために女を殺す男の話ですが、女を利用できるうちは利用し、ジャマになるとあっさり殺す主人公には、すでに貧困のゆえや生活に追い詰められて罪を犯す、「貧しい時代」の犯罪とは異質なものが伺えます。 それでいて、まったくの生活破綻者というわけでもない。働こうと思えば、常人と同じように働く能力もある。日常に紛れてしまうと、とても犯罪者とは思えない、薄気味のわるい犯人像が描きだされています。まさしく日本社会の変わり目をとらえた作品と言えるのではないでしょうか。…ただ、お話をおもしろくこしらえようとして、後半に仕掛けをほどこしたのはどんなものか、という印象は残りました。これはむしろクライムノベルに徹したほうが良かったんじゃないかな。 ちなみに西口彰の5連続殺人が始まったのは、昭和38年10月18日で、逮捕は翌年の1月3日。この作品の連載スタートが、同じ昭和39年1月13日号から。週刊誌が日付を先付けすること、入稿から発売までの日数などを考えると、清張さんがこの原稿を執筆しているとき、まさに日本中が西口彰の行方に戦々恐々としていたわけですね。この作品が、どの程度、それを意識して書かれたものなのか、どなたか調べていただけるとおもしろいと思うのですが。…それとも、私が知らないだけで、そういう批評もとっくに世に発表されているかもしれませんが。 社会風俗で今と違うなあと思わされたのは、この田島という殺人犯ははじめ証券会社に勤めていて、銀行の窓口係だった英子と結婚するのですが、毎週土曜日は徹マンで、日曜の午後帰ってくる。当然疲れているから夕方まで眠りこける。 家庭サービスどころの話じゃありません。ところが新妻の英子は「…銀行の男連中もよくそんなことをしていたから…何とも思わなかった」。それどころか「むしろ…親切にしたくらいで」「枕元にすわり、肩や首を揉んだりした」。 亭主は恐縮するどころか「賭けマージャンに負けたといっては英子から金を取り出してゆく」「給料も一度だけほとんど持って帰らないことがあった」。 英子は「少しも嫌な顔をせず、…不足分は自分の金を出した」 どうですか、これ。こんな出来た嫁さん、今はたぶんいませんよね。ほとんど時代小説の世話女房譚に近いと言ってもいい。というか、もし今の世の中でこんな甘い女房がいたら、むしろ馬鹿に見える。結婚して何十年もたった夫婦なら、土日も亭主がいないほうが喜ばれるだろうけど、新婚でこれはないでしょう。 この時代の価値観では、会社は徹底して男社会なんですよ。男社会には女子どもには分からぬ付き合いというものがある。徹夜遊びも付き合いのうち、つまり仕事のうちなんです。女房たるもの、男同士の付き合いには口を挟んではならず、家庭はあくまで疲れて帰ってくる男を癒やすところでなくてはならない。英子はそう信じているから怒りもしないのでしょう。 この小説では亭主がとんだ人殺しだったので、英子の辛抱も甲斐がありませんでしたが、でも…こういう価値観がきっと、高度経済成長を支え、プロジェクトXを成功させたんだろうなぁ。そう考えると、高度成長を経て日本社会がかなり変わったことを、この作品は感じさせてくれます。 …この時代までの男は、ある意味で生きやすかっただろうね。仕事さえちゃんとしていれば、家庭のことは女に丸投げできたんだもんな。なんか、うらやましいかも…とか言ったら、フェミ方面からきつく怒られそうですね。くわばらくわばら。 |
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モッコウバラ(木香茨)。その名
モッコウバラ(木香茨)。その名とは裏腹に香りがなく、とげもないのが特徴の、中国原産のバラです。日本では江戸時代から親しまれていて、今ではどんな住宅地でも見られるような、身近なバラとなりました。そんなモッコウバラが最近、再び注目を集めたのです。1991年10月23日。秋篠宮眞子様のご生誕です。モッコウバラは眞子様のお印と定められました。お印とは、日本の皇族が用いる徽章。身の回りの品などに用いられる、トレードマークのようなものです。お印はご生誕から7日後の命名の儀で、名前とともに... ...続きを見る |
モッコウバラとは 2007/09/27 04:00 |
高橋尚子 動画 2000年シドニー五輪への道
米国ボルダーでの小出監督との練習風景。マメが痛々しいです・・・・。 ...続きを見る |
高橋尚子 2007/09/28 00:15 |
土佐礼子の戦歴
土佐礼子って、フルマラソン以外にも、駅伝やハーフマラソンにも参加しているんですね。走るのが好きなんだろうなぁ。でも中学、高校はバスケットボールやってたみたいですね。(確かに背は高い♪)1976年6月11日、愛媛県松山市(旧北条市)出身、松山商高から松山大学卒。1999年4月 三井海上火災入社。2004年 名古屋国際女子マラソン優勝、アテネオリンピック女子マラソン日本代表選手。?マラソン成績(堂々の戦歴ですねぇ~凄い!)1998年 愛媛 1位 2時間54分47秒2000年 名古屋 2位 2時間24 ...続きを見る |
土佐礼子 2007/09/28 00:39 |
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