ミステリー作家戸松淳矩 あさっての日記

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help リーダーに追加 RSS 綾辻行人さんに訊く「アイデアはいつ、どうやって生まれるのですか」 (2)

<<   作成日時 : 2007/07/16 04:31   >>

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というわけで、綾辻さんが突然、小野不由美さんのお名前を持ち出した。何を言い出すのかなー、と思っていたら、要するにこういうことがあったらしいんです。

 綾辻さんのお宅で、ご夫婦がお話をされていたとき、話題がミステリーのことになった。そりゃまあ、そうでしょうね。お二人ともミステリーを書かれていらっしゃるんですから。で、そのとき、小野不由美さんがたまたま、不肖私のことに言及して下さったのだそうです。小野さんは拙作の『名探偵は…』シリーズを前に読まれていたそうで、こうおっしゃって下さったんだとか。
「戸松さんの本て、なかなか侮れないよ」

 …別に、なにもおかしなところはないエピソードですよね。正直なところ、私もこれを耳にしたときは、へぇー、という意外な気持ちと、同時にうれしい気持ちがこみ上げてきました。自分の知らないところで、自分の作品が評価されているというのは、直接褒めて戴くのとはまた違ってうれしいものです。
 ところが、これだけのことをお話しされるのに、綾辻さんは何度か言いよどんで、そのたびに言葉に迷っていらっしゃる様子です。なぜ綾辻さんが迷われたのかというと、どうやら「侮れない」という言い方が失礼になるんじゃないか、と思われたかららしい。それで何度も、
「…こんな言い方するのは失礼なんですけれど…」
 と繰り返されていたんですね。

 たしかに一般的には、侮れないという表現は、上からやや見下した感じがなくはない。「このピッチャーは新人だからと言って侮れませんよ」などと使いますから。

 でも、これ、お家のなかでのご夫婦の会話でしょ。そんなとき、話の対象になっている人物に対して、いちいち気を使う人はいませんよ。内輪の会話ですもの。私だって、家や仲間内で話しているときは、おんなじです。
「今度のシマソーの新刊だけど、あれ、ネタ的にはちょっと軽めだよね。だけどそこはシマソーだから侮れない」
 みたいなことはしょっちゅう言ってます。
 だから、さらりと「まあご本人の前じゃ失礼になるけど、うちでこんなやりとりがあってね…」と言って下さるだけで十分なのに、綾辻さんときたら三回くらい、
「…失礼なんですけれど…」
 を繰り返していらっしゃいました。
 それを聞きながら、「この人、ほんとに他人に気を使う人なんだなあ」とかえって、こちらが恐縮してしまいましたよ。
 
 だいいち、私にしてみたら、綾辻さんと小野さんの会話に自分が出てきた、ということ自体、もうすごいことですからね。なにしろ「館シリーズ」「囁きシリーズ」に「殺人鬼」「殺人方程式」の綾辻さんに、「十二国記」「屍鬼」の小野さんだよ。喩えて言えば、オールスター戦のベンチでおまえのことが話題に出てたよ、と言われた二軍選手みたいなものです。
 えっ、オレってけっこうすごいじゃん、などと内心喜びつつも、何とお答えしたらいいのか、わからなくて、私はただ黙って謹聴しておりました。

 ついでに、綾辻さんのお人柄をうかがわせるエピソードをもうひとつ。
 一昨年の東京創元社の「鮎川賞&ミステリーズ新人賞」パーティのとき、たまたま私が乾杯のスピーチをやることになりました。何をしゃべったのかほとんど忘れてしまいましたが、このときは鮎川賞の受賞者がいなくて、ミステリーズ新人賞の高井忍さんだけが受賞者席にいらっしゃった。
 そこで高井さんのほうを見ながら、「デビューすることより作家であり続けることのほうが大変だ。これからはライバルはみんなプロなんだから」とか「この世界で生き残るのはむずかしい。消えてしまう人もいっぱいいる」とか、まあ身の程知らずに、エラソーなことを言ったような気がします。

 考えてみれば、新人作家の船出をお祝いする席で、わざわざそんなことを言わなくてもいいんですよね。でも、そこが私の思慮の足りないところなんだなぁ。高井さんにしても、たぶん「あんたには言われたくないよ」と思われていたんじゃないでしょうか(笑)
 けれど、このときの受賞作「漂流巌流島」は歴史ミステリーの傑作で、選考委員の綾辻さん、有栖川さんもべた褒めでした。私自身も読んで、その斬新な技法に感心した。あっ、こういうオチのつけ方があるのか、と思った記憶があります。それだけに、私も歴史ものを書く関係上、これは手強いライバルになりそうだ、と思ったわけですね。それで、そんなスピーチになった。

 とはいうものの、変な祝辞を言っちゃったなーという気持ちもあったので、懇親パーティーが始まるとすぐに高井さんのところへ足を運びました。フォローに相務めようというつもりです。高井さんもそこはオトナで、「やなこと言わないでよ」なんてことはもちろんおっしゃらず、「貴重なアドバイス、ありがとうございました」と、にこやかに相手をして下さっていた。
 そこへ現れたのが、選考委員でもある綾辻さんです。グラスを手にニコニコと近寄って来られると、高井さんにひと言。
「いやぁ、戸松さんに、ずいぶんキビシイこと言われちゃったねえ」
 それから3人で何分間かお話ししましたが、綾辻さんは終始穏やかな調子で、
「戸松さんも言ったみたいに、いろいろこれからが大変だろうけど、頑張って下さい」と高井さんを激励されていた。

 これ、綾辻さんはさりげなくおっしゃったんですが、同じコトでも私が言うのと綾辻さんがおっしゃるのでは、当然重みが違います。
 私から見れば、変なスピーチしちゃったよなあ、と思っていたところへ絶好のフォローをしてもらったみたいなもの。高井さんにしてみると、綾辻さんの言葉で「さあ、ほんとに喜んでばかりいられないぞ」と、あらためて身の引き締まる思いがしたことでしょうね。

 綾辻さんみたいに選考委員を務めるベテランにもなると、パーティの席で挨拶しに来られる知人友人関係者は大勢いらっしゃる。それなのに、間を置かずに受賞者のところにわざわざやって来られて、こういうことを言って下さるあたりに、綾辻さんの「人となり」が見えた気がしました。気遣いの人ですよ、ほんとに。もちろん、スピーチでヘタを打った私もこれで救われた。
 
 じつは綾辻さんについては、私が見聞きした限りでも、ちょっとしたエビソードがほかにもいくつかあります。そうそう。そう言えば『暗黒館…』を書くのに思いのほか時間がかかった、ということについて、こんなこともおっしゃっていたっけ。
 …うーん。でも、 ま、それはまた、別の折にでもお話しすることにしましょうか。ご本人の承諾を得たら、続きを書くということにしておいて。綾辻さんのお人柄からすると、そういうことはあんまり書かないでよー、なんて言われそうだからなあ。

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