ミステリー作家戸松淳矩 あさっての日記

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help リーダーに追加 RSS ヘンリー・ウェイド 「議会に死体」を読む

<<   作成日時 : 2007/04/24 22:52   >>

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このブログでは書評もやります、と初めに言っておいたのですが、気がつくとエントリーが28本になるのに、まだ書評を一度も書いていない。…と昨夜気がつきました。
 で最初に取り上げるのが、タイトルに掲げた「議会に死体」(原書房)ですが、じつはこれ、この次の「ミステリーズ!」の書評コラムでも書くことになっています。ただし、あちらは1050字の字数制限があるし、公然たる定期刊行物ということもあって、なんでも好き勝手に書けるわけじゃない。いえ、べつに編集部からは何の制約も受けていませんよ。でもやはり世間的常識の範囲内で書くという自己規制が働きます。しかし、こっちは個人ブログですから、多少無責任に自由に書いても、まあ許されるのではあるまいか。

 黄金期を支えた名匠の代表作。アリバイ崩しの逸品。…とオビにはありますが、真に受けて期待しすぎるとけっこうガッカリするかもしれません。けれど、大急ぎで付け加えておくと、それは作者のせいでもないし、版元の誇大広告でもない。
 この作品が発表された1930年という時点で考えれば、そのとおりだったに違いない。ちなみに1930年というとクイーンが第2作の『フランス白粉の謎』を出した年で、10年前にデビューしていたクリスティはまだ『オリエント急行』も『三幕の殺人』も書いていません。そんな時代に本書を読んだ人たちなら、この作品に新しい着想を見て、なかなかの傑作と思ったことでしょう。それがどうして今読むと、期待はずれに感じられてしまうのか…。

 お察しの通り、その後の77年間のミステリー史が、本書で使われているいくつかのアイデアを蕩尽してしまったからです。たとえば、メインの位置づけになっている電話によるアリバイトリック。これなんか、今ならトラベルミステリーあたりで使い倒されているアイデアです。たぶんテレビのサスペンスドラマでも、さんざん使われているでしょう。
 事件の構造にしても、すべてが明らかになったとき、少しは意外感がありますが「でも、どこかで読んだよなあ、こういう話」という印象は否めない。

 よく言われることですが、小説は「新しい部分から古びてゆく」。本格ミステリーの場合は、新しいトリックはたちまち模倣され、バリエーションが付け加えられ、あっという間に古びてしまいます。クリスティの傑作だって、いま読んだら「このトリックは知ってるよ」というものばかりですよね。
 ただし、本当にすぐれたアイデアはそのオリジナルが古びても、変奏バージョンを生み続けます。それだけ、その発想が人間の思考方法の深いところに根を下ろしているからではないでしょうか。こういう「深い」アイデアを、私は勝手に「原型アイデア」と呼んでいるんですが…。そういうものをたくさん編み出したという点で、クリスティやクイーンはやはり偉大です。
 しかしウェイドの本書は、そういうレベルの作品ではない。というより、むしろ心理的錯誤を利用したある種の原型アイデアを利用したもの、と言うべきでしょう。その点で第一級の本格作品とはいいにくいし、先に述べたようにトリックそのものは完全に古びています。

 けれど、それなら歴史的価値しかない作品なのか、いま読む意味はまったくない骨董品にすぎないのか、というと、そうではありません。淡々とした筆致ながら、第一次大戦を経たイギリスの地方小都市の雰囲気がよく捉えられているし、登場人物は淡彩ですがきちんと描き分けられています。スコットランドヤードと地方警察のかかわりにもリアリティがある。
 何より留意すべきなのは、基本に忠実な物語の作劇法ですね。伏線の張り方、ヒントの提示法、細かい人物の出し入れ、ミスディレクションの仕方…、じつにきっちりと作り込まれています。だからトリックに驚きがなくても、丁寧な良い仕事を見せてもらった、という満足感は味わえる。こういう、作家個人の小説技術にかかわる部分は古びませんからね。

 ストーリーはシンプルです。クウェンバラという架空の市の市議会議場でひとりの議員が刺し殺される。議会が休憩に入った短い間のことで、被害者は市の住宅建設にまつわる汚職について激烈な発言をしたばかりだった。着任まもない警察署長が、部下のやや頑迷な警視や、スコットランドヤードから呼んだ捜査経験者の警部とともに捜査に当たる…というもの。
 丁寧に読むと真犯人は最初から明示されているようなものなのですが、伏線の溶け込ませ方がうまいので、ついヒントを見逃してしまいます。とくに戦争に関するあるエピソードの使い方がうまい。人物像を描くために書かれているのだと思っていたら、それが重要なヒントになっていたんですねえ。気がつかなかった。実作者としては、こういうところに作者の技を感じます。

 しかし、一ヶ所気になったのは、被害者が死んで3、4分後に現場に行った人物が「死後硬直を起こしていた」とあとで述べていること。いくらなんでも、そんなに早く死後硬直が起きるわけがないのは常識だし、しかもそう発言している人物は、経歴からしてそれを知らぬはずがない。この発言は何なのだろう、とちょっと不思議に思いました。

 それにしても『議会に死体』というタイトルは、何とかならなかったのかな。原題はThe Dying Alderman。dying messageがポイントになっているし、「最後の一撃」もそれにまつわるものですから、そのへんを活かせばよかったのに。「なぜ白鳥の唄は聞こえなかったのか」とか。…これは「なぜエバンズに頼まなかったのか」のもじりですけど。

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