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前稿は「さあいよいよ法月綸太郎が何か言うぞ」的なシーンでカットしてしまったので、新聞小説みたいな引きを使うんじゃない、とか、ほんとに思わせぶりな、とかお叱りを頂戴してしまいました。ちょっとあざとかったですか、すみません。そんなつもりではなかったのですが… さて、その場面に戻ります。「驚くべきことを言い出した」と書きましたが、別に法月さんは異常なことを口にしたわけではありません。もちろん東野さんの創作上の「秘密」を洩らしたわけでも、宮部さんがディープなゲーマーになった「理由」を教えてくれたわけでもない。桐野さんが飼育している「グロテスク」な生き物の話、なんてのでもない。 話の内容そのものは、いたってマジメでまっとうなものです。ご本人の了解を得ていないので、あまり具体的には話せませんが、ミステリー小説を書くうえでの、あるテクニカルなテーマについて、と言えばいいでしょうか。 「とくに長編小説の場合には、構成上の問題というのがありますよね」 法月さんは、すごく真剣なお顔で、そう切り出しました。思わず、私も「はい」と居ずまいを正します。実質的な著作歴も著作数もはるかに上まわる、協会賞の選考委員が、賞をもらったばかりの新顔に、創作テクニックについて話しかける。「ああ、なにかアドバイスをしてくれるのだな」と誰もが思います。私もそう思ったから、グラスをテーブルに戻し、謹聴する姿勢を取りました。 「たとえば章が変わって、場面の転換をするというときですけれど」 「はい」 「前の章と小説内の時間が当然、違ってきます。ストーリーが動いているわけですから」 「ああ、はい。そうですね」 「そういうケースで、ですね」 私はちょっと緊張していたかもしれません。この人は『剣と薔薇の夏』について、なにか、誰も気がつかなかった重大な欠陥を指摘しようとしている。とっさに、そんな気がしたからです。けれど、テクニカルなその問題点について話し終えた法月さんは、こちらに視線を据えたまま、こうおっしゃった。 「…そこがむずかしいと思うんですが、これ、どうすればいいんでしょうか」 「…は?」 「ですから、そこの処理の仕方ですけど。どうやれば、いちばんいいか、と。いま悩んでいるんですよ」 …あのう、それを、私に訊ねているんですか? 目が点になる、というのは、こういうときのことでしょう。 だって、あなたは、あの法月綸太郎じゃありませんか。とっくに協会賞も取られて、『生首に聞いてみろ』で本格大賞も取って、このミス1位にもなって、新本格の代表選手で、すぐれた評論もたくさん書いている、あの法月さんなんですよ。そんな人に、私なんかが何を答えられると言うんですか。 頭のなかでは、そんな言葉がぐるぐる渦巻いていたけれど、私はほとんど何も言えませんでした。ああ、それは、むずかしいですよね。そんな、意味のないことをつぶやくばかりで、まとまった言葉が出て来ない。 法月さんが持ち出したその問題は、たぶん、小説を書く人なら誰でも悩んでいることだと思います。それぞれが自分の流儀で何とか処理しているんでしょうが、これで解決、というような正解はおそらく存在しない問題です。でも、私はまだそんなに深く考えてみたことがなかった。だから答えられなかった、ということもありますが、執筆者としてはずっと先輩格の法月さんに、そんなことを訊ねられたという意外さに、まず驚いてしまっていたのです。 二次会も済んで、帰りのタクシーのなかで、私は送って下さるという東京創元社の長谷川社長にこの話を披露しました。まさか、選考委員の先生に逆に相談を受けるとは思いませんでしたよ。ほんとに法月さんは謙虚な方なんですね、と言うと、 「そうですね。やはり良い仕事をされている作家の方は、みなさん謙虚ですよ」 と長谷川さんはうなずかれました。 「はあ。そういうものですか」 「ええ。みなさん、それだけミステリーを愛していらっしゃる。より良いミステリーを書きたいという志が高いからこそ、謙虚になれるのでしょうね」 なるほど、なるほど。だから法月さんにとっては、実績がどうの、立場がどうの、ということは取るに足りないことだったのだな、と私は深く得心しました。ご自分が謙虚にふるまわれているという自覚さえなしに、純粋に疑問に思ったことを純粋に問われたのでしょう。そんな法月さんに「仲間」として扱って戴いたことが、私は今さらながら、うれしく思われてきました。 その後『剣と薔薇の夏』は文庫になりました。誰に解説を書いてもらうか、ということになったとき、戸川さんは法月さんにそれをお願いして下さった。私の担当編集者としては、それが戸川さんの最後のお仕事だったと思います。 法月さんの解説はすばらしいもので、私自身も「へえー、そうなのかあ」「ここは、こう読むべきなんだー」と感心することがしばしばで、改めて法月さんの頭の良さ、知識の該博さには舌を巻く思いでした。 そんな法月さんの解説文の1行目に、なんと書いてあったと思いますか? 私はこれが眼に飛びこんできたとき、ほんとうにのけぞりましたよ。 「こんな謙虚な推理作家はいなかった――『剣と薔薇の夏』を読んでいるあいだ、こんなフレーズが何度も脳裏をよぎった」 この言葉は私の作風についてのもので、人間性についてではないのですが(そうだったとしたらとても耐えられません)、私は思わずつぶやいたものでした。 「それはあなたのことですよ、法月さん」 |
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はじめまして。ぶしつけながら書き込みさせてください。 |
hontaka 2007/03/19 17:45 |
コメントありがとうございます。 |
戸松淳矩 2007/03/21 03:37 |
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