(元)ミステリー作家T・A  あさっての日記

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zoom RSS 「闇に香る嘘」  下村敦史

<<   作成日時 : 2014/08/23 10:28   >>

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続いて、本年度の江戸川乱歩賞受賞作。
乱歩賞は今年が第60回になります。人間でいえば、還暦ですね。そんな記念すべき回ですから、しょぼい作品が受賞作になってはなァ…などと思っていたら、なんとまあ、ここ10年ではまちがいなくベスト、と言える傑作が登場しました。文字通り、10年に一度の作品でしょう。

作者の下村さんはミステリー作家志望者のあいだでは、たいへん名高いようで、まだ32才とお若いのに、これで9度目の応募。最終候補に挙げられたのは5度目だそうです。それだけの粘り強さと本作で見せた実力があれば、いずれ、日本のミステリー界を背負って立つ存在に成長していくのでは、と期待されます。

というわけで、選評もほぼベタ褒め。
「絶対評価でA」有栖川さん。「完璧なミステリー」今野さん。「図抜けていた」京極さん。「息を吞む迫力」石田さん。
これだけ選者からの評価の高い受賞作はめったに出ないものです。

しかし、ここでまた褒めるだけでは、芸がない。ひとつ、このちっぽけなブログくらいは、イジワル婆さんならぬ、へそ曲がりジイサンとして、ちょっぴり苦言を呈してみることにしましょう。
とはいえ、これがよくできた傑作であることは、一応も二応も(?)認めた上でのことです。

ストーリーは、四十一才で失明したある盲人の孫娘が、生体間腎臓移植が必要な病気になる。血縁者に適合者が見つからない。そこで盲人は27年前に帰国した中国残留孤児である、兄にこれを頼もうと故郷を訪ねる。が、兄は検査を受けることさえ、頑なに拒否する。
このことで「兄は本物の兄なのだろうか」と疑いを持った主人公が、満州開拓団時代の知人や、残留孤児関係者を訪ねて、真偽を探っていく…というのがメインのお話。

一方、冒頭で、密入国の話があり、これが後半になって本筋にからんできます。
兄の真偽という謎に、盲人ならではの謎とサスペンス、もう独り兄と名乗る人物が登場してきたり、老母や周囲の人々の謎の言葉など、全体の流れはなかなかうまく組み立てられています。

帰って来た兄が本物かどうか、というテーマは、ゴダードの代表作『闇に浮かぶ絵』と似ていますが、似ているのは大枠だけで、お話は別物です。物語全体を貫く謎の質が違います。ネタに触れずにはくわしく説明できませんが、ゴダードの方は兄の真偽よりさらに深い問題が奥にある。なので、その点は批判の対象にはまったく該当しません。

では、あえて「文句を付ける」ところを探すとしたら、どこか?
ズバリ、メインのトリックがわかりやすいことです。
私は三分の一ほど読み進んだところで「真相はアレじゃないだろうな」と思い当たり、結局、それが真相でした。なので、読了したとき、ああやっぱりとは納得しましたが、おどろきはありませんでした。
こう言うと、「それはたまたまなんじゃないの?」と思われるかもしれませんが、すでに読了していた同業の知人に聞いてみたら、やはり「前半でわかるね」と言っていました。

創作している人間は、一般読者にくらべると、この話がどう作られているか、どんな構造になっているかと分析的に読みますから、読んでいる途中で真相に気づく率はたしかに高い。けれど、私は刑事ドラマでもしばしば先を読み間違う程度の、非分析的な読者ですからね。
そんな私が気づくくらいなら、手練れの読者はみなわかってしまうでしょう。
これは、「兄は本物か偽物か」という、提出された問題の性質が大きく作用しています。
つまり、この問題の答えは「本物」か「偽物」のどちらかしかなく、それだけで終わってはミステリーになりませんから、ひねりが必要になります。でも答えが限定されているので、着地点が絞りやすい。
もちろん、簡単に絞らせないためには、ゴダードが使ったような工夫が要るわけですが、乱歩賞みたいに550枚(パソコンだと正味500枚くらい)では、あまり複雑なスジは作れません。
結果としてストレートな話になり、読み慣れた人なら見破れてしまうわけですね。
ミステリーのおもしろさは、ラストでびっくりさせること「だけ」では、むろん、ありません。しかし、意外性がないまま終わってしまうのは、やはり不完全燃焼は免れない。

ただ、この作品の強みは、メイントリックが素直すぎるのを、脇のストーリーでうまく補強していることです。
ここはとても上手い。
冒頭の密入国シーンがあとで思わぬ展開につながる辺りは、構成力を感じさせます。
ミステリーはアイデアだけではダメで、それを生かす構成、見せ方が大事。
ほんとうに独創的なアイデアなんて、めったに出ないのですから、作家として力を見せるのは、むしろ構成力の方でしょう。この作家はすでにそれを備えているので、たぶん平均点の高い量産作家になれると思います。
細かいところまで、計算が行き届いているのは大したものです。

けれど反面、人間描写にはやや不足を感じました。
主人公が盲人なので、周囲の具体的な描出ができないのは仕方ないとしても、登場人物に体温が感じられない。そのため、生き生きとした物語を読んでいる感じがあまりなく、どこか他人事のまま、話が終わってしまいました。
このあたりは筆力のある作家の小説をたくさん読んで、研鑽されることを期待します。

それともうひとつ、これは過大な要求かもしれませんが、戦時中・戦後直後の歴史叙述が古臭い、というか2、30年前の一般書から引き写したみたいで、新味がありません。なんだか懐メロを聞かされた気分でした。
近現代史の研究はこの10年くらいでかなり進んでいますから、できれば、もう少し新しい材料が欲しかった。
まあ歴史小説ではありませんから、欲張り過ぎかもしれませんね。女性アスリートに「もうちょっとファッションセンスがあればねえ」と言ってるようなものですが…。

と、(自分のことは棚に上げて)いろいろ言いましたが、乱歩賞受賞作として太鼓判を押せる作品であることは確実。
一読する価値は十分にあります。
ただ、老婆心ならぬ老爺心ながら付け加えると、選評を先に読んではいけません。ほとんどネタバレに近い記述があります。そして勘の鋭い方は、オビも読まない方が無難です。




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闇に香る嘘
闇に香る嘘作者: 下村 敦史出版社/メーカー: 講談社発売日: 2014/08/06メディア: 単行本 <帯裏表紙側あらすじ> 27年間兄だと信じていた男は何者なのか? 村上和久は孫に腎臓を移植しようとするが、検査の結果、適さないことが分かる。和久は兄の竜彦に移植を頼むが、検査さえも頑なに拒絶する兄の態度に違和感を覚える。中国残留孤児の兄が永住帰国をした際、既に失明していた和久は兄の顔を確認していない。竜彦は偽者なのではないか? 全盲の和久が、兄の正体に迫るべく真相を追う――。 第60回江戸... ...続きを見る
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2014/09/13 20:09

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