(元)ミステリー作家T・A  あさっての日記

アクセスカウンタ

zoom RSS 「秘密」 ケイト・モートン

<<   作成日時 : 2014/03/21 09:17   >>

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 4 / トラックバック 1 / コメント 2

上下2巻、700ページ近い大作です。「忘れられた花園」で話題になったオーストラリア作家の新作。
タイプでいうと、作風や語り口が、最近の作家では、サラ・ウォーターズに似ている感じがします。
イギリス・ミステリーの好きな私としては、かなり好みの作品でした。

女性作家らしく、主要登場人物の多くが女性で、解かれるべき謎は「家庭の秘密」。いかにも女性向きのお話なのですが、男性が読んでもおもしろいのは、構成がとても緻密で、ある意味、男性的だからです。
ここで男性的というのは、知的で建築的な構成、というほどの意味。

お話そのものはシンプルです。
登場人物も少ない。現代編の主人公は、いまや国民的女優になっている、ニコルソン一家の長女ローレル。
過去編のおもな人物は、ローレルたち4人きょうだいの母、ドロシー。その恋人のジミー、親しい友人だったヴィヴィアン、その夫ヘンリー。

ドロシーは現在(2011年)死の病に冒されていて、意識も混濁しがちです。そんな母の最期を知って、きょうだいが懐かしい生まれた家に集まるのですが、じつはローレルには、今まで胸にしまい込んでいた、母にまつわる「秘密」がありました。
16才の夏、彼女は母が訪ねてきた見知らぬ男を、とっさにナイフで刺し殺すシーンを目撃していたのです。事件は男が不審者で正当防衛だった、という形で決着しましたが、ローレルは母と男の会話を耳にしていたことから、二人は過去になんらかの関わりがあったはずだと考えます。
なぜ母は男を殺したのか?
母の過去になにがあったのか?

長らく胸に秘めていた疑問が、近づいた母の死を前にして、ローレルによみがえります。
そしてローレルは結婚前の母の人生を探り始める、というストーリーです。
母ドロシーの青春時代は戦争中。ロンドン空襲のさなか、お屋敷勤めをしていたドロシーは隣家の若妻であるヴィヴィアンと親しくなります。ヴィヴィアンの夫が、母の殺した男、ヘンリーだった。
やがてドロシーとヴィヴィアンの間に、なにか決定的な悲劇が起きて、ヴィヴィアンは亡くなり、ドロシーはロンドンから姿を消したらしい。そのとき何が起きたのか、なぜドロシーは十数年ぶりに訪ねてきたヘンリーを殺さなければならなかったのか。

この小説を評価するポイントは二つあります。
ひとつは、物語の構成の上手さ。
こういった過去探求譚は、ふつう現代編をメインにして、ローレルが母の持ち物を調べたり、昔を知る人を訪ね歩いたり、図書館やネットで情報を集めたり…といった展開になりますが、この小説では、現代編と過去編が交互に語られていきます。このあたりの絡ませ方が上手い。
現代編で調査が進んで、まだ残った謎が過去編では現在進行形で語られ、そのなりゆきの未来を現代編の調査が明らかにする。

過去編を誰かの手記で語らせる方法はよくありますが、視点を過去そのものに置いて現在進行中の物語として描く、という手法は過去探求譚ではあまり多くないでしょう。
このやり方を使うとしても、配分は現代編がかなり多くなるのがふつうです。現在と過去を半々にして語る、というのは、誰でも思いつきそうでいて、なかなか思い切りのいる手法です。むろん筆力に自信がないとできません。
現代編と過去編の絡み方がうまく機能しないと、読者はイライラさせられるからです。

もうひとつのポイントは、人間描写の濃やかさでしょう。
腕の良くないミステリー作家の陥りやすい失敗に、「人物がストーリーの都合で動かされている」というものがあります。ストーリーが先にあって、それに合わせて人物が動く。こういう小説では、キャラが自己矛盾していたり、言動に不自然さがつきまとったり、読者は肌触りの悪い下着を着せられたみたいに、いちいち気が逸れてしまって、素直に感情移入できません。

このへんを上手に捌ける作家は、いわゆる小説の上手い人です。ケイト・モートンはまぎれもなく、小説巧者。
実を言うと、私は下巻の途中まで物語の方向を読み違えていたので、ある章に差し掛かったとき、「ここの描写はなくてもいいんじゃないの?」と思いながら読んでいました。
でも読み終えてみると、なるほど、あれはそういう意図だったのか、やはり不可欠の部分だったのだなあ、とただもう感服。
人間の内面描写が、そのままストーリーをつくり、ストーリーに真実味を与えているのです。
途中で感じる小さな違和感――この人物なら、こういう対応はしないんじゃないのか?――にも、読み終えると、なるほどという理由がちゃんとあるのです。

もちろん最大の謎である「母はなぜ見知らぬ男を殺したのか」についても、納得のゆく背景が明らかにされています。母が亡くなって物語が終わるので、ハッピーエンド、かどうかはわかりませんが、長年の謎が解けて、家族の一体感がよみがえってくる。後味の良い結末です。

この物語は、家族小説と言ってしまうと、全体像がつかみにくくなると思います。むしろ失われたアイデンティテイを求めて生きた三人の女性の物語、と言ったほうがいいかもしれません。

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 4
なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー)
ナイス ナイス

トラックバック(1件)

タイトル (本文) ブログ名/日時
秘密(上・下)
ケイト・モートンのミステリ。 主人公は少女時代、片田舎の実家で暮らしてたころ、不審な男を母親が刺殺する場面を偶然目撃してしまう。長じて国民的大女優となった主人公は、死の ... ...続きを見る
天竺堂の本棚
2014/07/25 10:23

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
冒頭の『「秘密の花園」で話題に…』は「忘れられた花園」の間違いでは…。重箱の隅をつつくようですみません。
その「忘れられた花園」は、訳者あとがきでも触れられていたように結構つっこみどころはありましたが、それでも好きなタイプのお話です。サラ・ウォーターズほど酷薄ではないラストにホッとしました。
「秘密」は今のところケイト・モートンの最高傑作との声が聞こえてくるので、これは読まねばと思っておりました。同じ著者の「リヴァトン館」も(たしか)川出正樹さんがお勧めしていたので読みたいと思いつつ、まだ読んでいません。
若月
2014/03/21 20:38
あっ、ほんとだ。「秘密」というタイトルに引っ張られて、つい間違えてしまいました。「秘密の花園」という小説もありましたよね。そのせいもあるかもしれません。ご指摘、ありがとうございます。さっそく訂正しておきました。
この作品も後味が良く、安心してどなたにもお奨めできます。
たしかにミステリー的なあざとさ、驚天動地の真相、といったものを求める向きには、食い足りないかも知れませんが、プロセスの上手さが十分に補ってくれます。いろいろな意味で救いのあるお話です。
戸松淳矩
2014/03/21 21:21

コメントする help

ニックネーム
本 文
「秘密」 ケイト・モートン (元)ミステリー作家T・A  あさっての日記/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる