(元)ミステリー作家T・A  あさっての日記

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zoom RSS 「オリンピックの身代金」 奥田英朗

<<   作成日時 : 2014/02/02 00:59   >>

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2008年に新刊が出た本で、2011年に文庫版が出ています。新刊本ではありませんが、放置してあったのを2020年東京オリンピックが決まったのを機に、読んでみました(……なんてミーハーな)。

私ごとですが、奥田英朗さんは現存の日本ミステリー作家のなかでは、かなり好きな作家です。
これまでに『最悪』『邪魔』『無理』の三部作を読んでいます。
この三部作はタイトルが漢字二字で統一されているように、スタイルが共通している。
『最悪』では、ちんぴら、町工場のおやじ、女子銀行員の三人がそれぞれに不運に見舞われていくうち、ひとつの事件で人生を交差させるお話です。
『邪魔』は所轄署の刑事と、平凡な主婦、不良少年。
『無理』ではゆめの市という田舎町に暮らす市会議員、女子高生、スーパーの女防犯係、マルチ商法の会社に勤める元暴走族、市役所福祉課ケースワーカーの五人の人生と事件のからみあい。

どれもミステリーというより、犯罪小説と呼んだほうがいいでしょう。
といっても、ひとつの犯罪についてじっくり掘り下げるタイプの、犯罪がメインの小説ではなくて、中心になるのは人間たちです。そのからみあいが犯罪という形でむすびつく。
『最悪』がもっともクライムノベル風で、だんだん人生小説に比重が移っていき、『無理』では、犯罪そのものよりも、平成不況に苦しむ田舎町とそこでさまざまに悩む住民達の生活が克明に語られていきます。
あとへいくほど、小説の味わいは深くなる。ミステリーファンにはその分、ハラハラドキドキ感は薄くなるかもしれませんが。

この三部作の面白さは、ですからトリックでもないしサスペンスでもない。人間ドラマ、性格悲劇です。その人特有のキャラがあり、その性格付けが行動を生み、行動ができごとを招き寄せる。その流れを読むのが面白い。奥田さんは細部の描写に凝る人ですが、たしかに物語の舞台となる街の風土、環境、主人公の生活の細部が興味深く描かれます。
同じディテール重視の作家でも、高村薫さんだといささか胃が重くなる感じがありますが、奥田さんの文章はよい意味で文学臭が薄い。すいすい読めるのに、しっかり描写が行き届いていて、これぞプロ、という気がします。

さて三部作について長々と前振りしましたが、じつは、本作についてもまったく同じ事が言えます。
昭和39年、1964年10月10日から開幕された東京オリンピック。
大戦争で荒廃しきった日本国と首都東京が、世界に復興ぶりと日本の国力を示すために開いた世紀の大イベントでした。
当時の日本はまだ高度成長のまっただ中で、経済大国ではなく、欧米へのコンプレックスと「おれたちは文明の遅れた貧乏国だ」という意識はとても強かった。それだけに、オリンピックを開くことは本当に晴れがましく、誇らしいものでした。
私は子供でしたけれど、その頃の空気は覚えています。

国立競技場に学校単位で陸上競技を見に行ったのが、鮮明な思い出として残っています。私の席はバックストレッチ前だったので、目の前で棒高跳び決勝が行われていました。夕方になり、アメリカのハンセン選手と西ドイツ(ドイツはまだ東西に分裂していた)のラインハルト選手が二人だけ勝ち残り、私たちは熱戦に心惹かれつつ夕暮れの競技場を後にします。
帰宅してお風呂に入り、夕食をとり、オリンピックハイライトを見ようと思ったら、午後9時を過ぎて、まだ両選手は競技を続けていた。
最後はラインハルトが5メートル20だったかの高さで、3度目の試技に失敗して、ハンセンの優勝が決まります。その最後の跳躍に向かうラインハルト選手の顔、失敗して地上に降り立ったときの顔、見守っていたハンセン選手の顔、その後握手を交わし健闘をたたえ合う両者の顔。
今でも、それらの表情のさまがはっきり思い出せます。
何が子供の私の心に響いたのかというと、たぶん「本物の世界」に初めて触れたからでしょう。ひとつの競技とはいえ、世界一になることの気の遠くなるようなすごさ、世界のトップを競う人間たちの崇高ささえ感じさせる素顔、物腰。そういったものです。
なぜ、それがこんなにインパクトを与えたかといえば、やはり国を挙げての大イベント、オリンピックが舞台だったからでしょう。

この小説は、その時代の空気をほぼ再現しています。そこがまず、すばらしい。経済大国になる前の日本を知らない人々は、現代史のテキストとしても楽しめます。
主人公は、オリンピック反対を主張するためテロに走る、東大生。
オリンピックを成功させるため、心を砕く捜査官。
時代の最先端に立って、オリンピックを迎えるテレビマン。
この三人の視点が交錯しながら、ひとつの時代を描いていきます。
物語のクライマックスは、開会式当日の国立競技場、そこに爆弾を仕掛ける犯人と、阻止しようと奮闘する警察官達。

小説の構造は、前記の三部作と同じですが、この作品では「オリンピックとその時代」が、もうひとつの主役です。楽しく読めて、当時のいろいろな風俗、空気、文物を知り、また考えさせてくれる傑作です。
そして奥田さんの小説は、けっして声高に作者の主張を押しつけません。
そこがまたすばらしい。読者はあれこれ考え、感じさせられるなかで、自分の頭でこの時代の意味を理解していくのです。小説は政治パンフレットでも、社会批評でもありません。物語という、ひとつの丸ごとの世界を提供して、そこに読者をひととき、住まわせる。
そこから読者は自分で何かを得て、自分で現実世界に戻ってゆく。
小説とは、かくあるべし、と思わせてくれる1作でした。



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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
確かに「オリンピックの身代金」はあの時代の日本が主役だと思いました。東京の発展ぶりと地方の置いてけぼりぶりといいますか。
「無理」でも肩入れしたくなる登場人物がいないせいもあり(女子高生がちょっと気の毒なくらいで)やはり町の空気が一番印象に残ります。地方都市の描写は身につまされっぱなしでした。
若月
2014/02/05 20:20
そうですね。6年後にもう一度56年ぶりの東京オリンピックがありますが、あの頃の熱気や国を挙げての一代イベントの雰囲気は再現できないでしょう。あのあと高度成長がひと段落し、日本列島改造論の時代があり、今はひとめぐりして、また地方が寂れつつありますが。
そこを書いたのが「無理」というわけで、奥田さんのなかではつながったテーマなのだと思われます。
戸松淳矩
2014/02/06 11:40

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