(元)ミステリー作家T・A  あさっての日記

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zoom RSS 愛犬タロウとの永別

<<   作成日時 : 2013/12/23 14:35   >>

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今年は、いくつかの別れがありました。
この年になると仕方のないことですが、長いあいだ親しくおつきあいしてきた方々が、あるいはこの世から退場し、あるいは引っ越したりして、遠く去って行かれました。

そのなかでも、私にとって最大の悲痛事は9月6日の夜、愛犬タロウがこの世を去ったことです。タロウの生涯は16才と4ヶ月、ともに過ごした時間は16年と2ヶ月近くになります。思い起こせば、毎日が楽しく、心の満たされた日々でした。
亡くなってから3ヶ月。
少しは心静かに書けるようになったと思うので、少し思い出を書いてみます。ほとんど自分のために書くのですが、おつきあいくださる方がいらっしゃれば幸いです。

タロウがわが家に来たのは、私が40代前半、体力もまだあって、後に罹患する心筋梗塞も前立腺がんも予兆すらなかった頃。
散歩は1日1回でしたが、最低1時間、ヒマのあるときは2時間くらい行っていました。
昼間は庭に放しているので、ひなたぼっこしたり、侵入してきたネコを追いかけたり、そういえば、塀を跳び越えて外を通りかかった仲の悪い犬を襲ったことも、たしか2度ありました。

子どもの頃から10頭の犬を飼ってきましたが、とにかく身体能力の高さはダントツ。ちなみにそれまで飼ったのは、スピッツ、シェパード、雑種日本犬、秋田犬、甲斐犬雑種、雑種(たぶん洋犬系)、雑種(たぶん日本犬)、紀州犬、甲斐犬、そして甲斐犬タロウ。
1メートルくらいのテーブルだと、その場でノーモーションのまま飛び上がれるし、助走距離が3メートルもあれば、1メートル80センチほどの塀もひとっ飛び。家の階段の途中で足を滑らせて落ちたことがありましたが、体を反転させてなにごともなかったように、足から着地するのを見たときは、思わず「おまえ、ネコ科か!」と叫んでしまいました。もちろん走らせれば、自転車でも追いかけるのはむずかしい。

こんなふうに運動能力に自信満々のせいか、めっぽう気が強くて、売られた喧嘩はすべて買っていました(笑)。人と争うのがきらいで、気が弱く、陰口さえいえない私とは正反対(いや、ほんとですって)。
そしてまた、喧嘩が強かった。タロウ生涯のベストマッチは、放れてきたラブラドール2匹を向こうに回しての激闘でしたが、ヘビー級の素人と戦うミドル級プロボクサーみたいに速くて、強かった。
月明かりの下、逃げていってうずくまる相手を、シッポを高く上げて睥睨する雄姿は、いまも目に浮かびます。
でもあのとき、タロウはもう10才になっていたんだよなあ。
人間で言えば、50代半ばを過ぎたオッサンだったはず。すごいな。

でも、タロウの性格はひとことで言って、甘えん坊の寂しがりや。

家人からは「あんたがネコ可愛がりするからだよ」といつも言われていましたが、だって毎朝、顔をなめて起こしに来るし、私の姿を見ると、どんなときでも目を輝かせて、ちぎれんばかりに尾を振るんですから。
家族に対する愛情が深くて、くしゃみをしたり、咳き込んだりすると、どこにいてもすぐ駆け寄ってきて、肩に手を掛けてくれます。そして顔をのぞきこむ。
ウチでは、この行動を「タロ君がまたお医者さんになった」と笑いのタネにしていたものです。

まちがえてタロウの脚を踏んでしまったとき、「ごめんごめん」と謝りながら踏んだところをさすると、
「いいよいいよ、気にしないで」
というように、こちらの手や顔を静かになめてくれます。

そんな甘えん坊なので、彼をひとりにして出かけるときは大変。こちらが身支度していると、「どこか行くんじゃないだろうね」という疑いのマナコで、じっと見つめています。いざ出かけると分かると、ふだんの雄々しい姿はどこへやら、どこからこんな声が出るんだと思うような、甘え声と悲鳴で騒ぎ出す。
いよいよこっちが門の外へ出てしまうと、二階のベランダに現れて、姿が見えなくなるまで吠え立てています。あんまり悲痛そうな声なので、「わかった、すぐ帰るから」などと言い訳しながら出かけるハメになるのでした。
この様子をウチでは「タロウが今日も俊寛だった」と言っていました。
平家物語に出て来る、平家に楯突いたかどで、絶海の孤島に流された僧都俊寛のことです。
二人の貴族といっしょに流罪になったのに、1年後、仲間の二人は許されて迎えの船が来る。たった一人、島に残された俊寛は泣き叫びながら海に入り、船を追ったそうですが、まるでその俊寛みたいに悲しげな声を出す…という意味なのです。

こんな甘えん坊ですが、えらいな、と思うのは、叱られたとき。
叱り役はたいてい気の荒い家人がやるのですが(私は気が優しいので、動物を本気で怒ることができません)、叱られたあと、必ず許しを請いに近づいてきます。それも超至近距離。顔と顔をくっつけて、じーっと目をみつめてきます。
家人が無視していると、体ごと、ぴったりと寄り添ってくる。さらに「うるさいわね、あっち行きなさい」と押しやられると、体をすりつけながらグイグイ押しつけてきます。
その必死な様子がおかしくて、可愛くて、私も家人も笑い出します。すると「あっ、ごきげんが直った!」とばかり、目を輝かせて、家人の顔をなめ回します。
「わかった。わかった。もういいよ。ほんとにしょうがない子だなー」
というわけで、許してしまうのですが、犬にとって主人に拒まれるのは、世界から見捨てられるにひとしい大ショック。きっと内心は怖くて緊張もしているだろうに、一生懸命許しを請う姿に、「自分にはとてもできないな」といつも感心して見ていました。
私なら畏怖すべき対象から怒られたら、きっと怖さのあまり逃げてしまって、物陰でいじけているでしょうね。自分から打開しようと近づいてくる勇気、拒まれても努力し続ける健気さ、そして、なりふりかまわない純粋さ。
正直、私はタロウのそんなところを尊敬さえしていました。……親ばかならぬ、飼い主ばか丸出しですが。

それから散歩が大好きなタロウは、スタートして50分くらいすると、主人が家の方向に道を取ることを知っています。なので、四つ角に来ると、なるべく家から遠ざかるように、遠ざかるようにと、コースを選びます。
けれど主人が違うルートを進もうとする。
すると、それまで自分が前になってトコトコ歩いていた彼は、急にシオシオとなり、主人の後ろからトボトボ歩くのです。さも、「…もう帰るんですね。もう少し、遠回りしたかったのになぁ」と訴えかけるように。
これが可愛くて、「しょうがないなぁ。じゃあ1ブロックだけだよ」と結局、タロウに妥協することになるのでした。
現金なもので、とたんに元気が出て、前にも増してグングン歩き出すのです。
でも、かしこいタロウが遠回りのおねだりするのは、いつも一度だけ。限度をちゃんと弁えていました。

もうひとつ、忘れがたいのは、喧嘩の仲裁。
私と家人が口論して、だんだん言葉が感情的になってくると、タロウがサッと駆けてきます。
そして二人のあいだに飛び込むと、片前足を私の体にかけ、もう片方の前足を家人の体にかけて、「待った、待った」というように、二人の顔を交互に見るのです。目を精一杯見開きながら。
これでは、とても口げんかを続けるわけにいきません。
私たちが笑顔になると、ほんとうにうれしそうに、二人のあいだを行ったり来たりしながら喜んでいました。

――こんな思い出は、いくら書いても尽きません。
タロウがいてくれたことで、どんなに私の毎日が楽しかったか。潤いに満ちていたことか。ほんとうに感謝の思いでいっぱいです。

9月6日の午後10時8分、タロウは私に抱かれながら、最後の息を引き取りました。
いちばん大きくなったときには18キロ、平均して16キロから17キロあった体が、最後は12キロまでやせ衰えていました。体をなでてやりながら、何度、「おまえ、痩せたなぁ」とつぶやいたことでしょう。
その2週間前から固形物が取れなくなったので、高エネルギーの医療用ペットフードを裏漉ししてスープにし、1日に3回、太い注射器でクチに流し込んでやりました。
病み衰えていきながらも、死の前日まで、一生懸命にスープをすすっていた姿は、今でも忘れられません。

6日は朝から食欲がなく、往診医に電話して、栄養剤の点滴を頼みました。
「あすの朝、いちばんで伺いますが、その状態だともうあまり長くありませんよ」
医師から最期の近いのを言い渡されていましたが、まだ2、3日は大丈夫だろうと、私は隣の自室で仕事を続けていました。1時間ごとにタロウの様子をうかがい、水を飲ませたり、おむつを取り替えたり、体をさすったりしていました。

異変があったのは、夜の9時半頃。
様子を見に行くと、呼吸がおかしい。下顎を動かしながら、胸全体を上下させています。ちょうど酸素不足の鉢のなかで金魚がパクパクするような感じです。
「あっ、下顎呼吸が起きている……」
私は全身を恐怖にとらえられました。これは人間も同じですが、自然な自発呼吸ができなくなったときに起こるもので、胸やあごの筋肉を使って、なんとか酸素を取り込もうとしているのです。

私は右手で酸素マスクをタロウのクチにあてがい、左手で内股の動脈で脈拍を確かめつつ、しっかりと彼の体を抱きました。あのタロウがいま、死のうとしている。
「タロウ、がんばれっ!」
と叫んだり、
「いや、もうがんばらなくていい。もう、ゆっくり休め」
と言ったり、
「大丈夫かっ」
と思わず訊いては、大丈夫なわけないだろう、と自分に言い聞かせたり、私の人生のなかでも、あれほど取り乱したのは、まだ30歳の頃、母が急逝したとき以来だと思います。

やがて呼吸がだんだん間遠になり、鼓動もゆっくりした徐脈になり、ついに最期の脈が打たれるときが来ました。それまで、ゆっくりになりながらも、どっくん、どっくんと打っていた脈が、ある一拍のあと、何秒待っても次の脈がやって来ない。
タロウの名を呼びながら、涙があふれて、私は嗚咽していました。

ほぼ付きっきりの看病をしていた頃からが始まった、私の神経性の下痢が治まったのは、タロウが亡くなって3週間が過ぎてからでした。
遺骨と遺影の前で毎日泣いていた家人が、「やっぱり新しい子犬を飼おうよ。このままじゃ神経がもたない」と言いだし、11月の2日、子犬がわが家にやって来ました。
犬種はタロウと同じ甲斐犬。そしてタロウと顔立ちのよく似ている男の子。
性格はタロウの子犬時代よりやんちゃなくらいですが、早くもやさしいところを示して、「ああ、タロウくんに似ている」と喜ばせてくれます。
名前は、もちろんタロウ2代目。今では自分の名前を覚えて、「タロウ」と呼ぶと、耳をピンと立て、目を輝かせて飛んできます。

でも、私たちは、ひとつ大きな勘違いをしていました。新しい子犬を飼えば、また生活に笑いと歓びが戻ってくるだろうと思っていましたが、そしてたしかにそれはそのとおりだったのですが、それだけではなかった。
子犬のタロウが先代タロウに似てくれば似てくるほど、同じような仕草をするようになればなるほど、
「ああ、タロウもあんなことをしていたなぁ。あんな表情をしていたなぁ」
と、もう忘れていた若き日のタロウの記憶が、次々に思い出されてくるのです。
それはしみじみと染み入る懐かしさともに、二度とタロウに逢うことの叶わない切なさをも、連れてきます。

でもそうやって、私たちが何度も何度も思い返しては、語り合うこと。それがある限り、タロウの魂はこの家に生きていると言えるのでしょう。
そのときには当たり前の毎日だったけれど、今になると、よくわかります。
タロウと過ごした日々が、ほんとうに、人生の宝物だったということが。


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コメント(14件)

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気持玉を押そうと思いましたが、気持にぴったりのものがなかったので、ここに。
タロウがいた頃の日々の喜びと、いなくなってからの寂しさが胸に沁みました。
なり。
2013/12/26 22:57
読んでいただいて、ありがとうございます。
そう思っていただけると、書いた甲斐がありました。
犬は人間よりずっと速く年取るので、人間の年齢なら、タロウは80才を超えた老人でした。でも心はいつまでも2才か3才の幼児のままです。
仕方がないことだとアタマではわかりつつ、幼い子を亡くしたような切なさは辛いものでした。それも含めて、ようやく、ひとつの豊かな人生経験だったと思えるようになりました。
戸松淳矩
2013/12/27 08:37
 我が家でも、15歳のヨーキーと5歳のプードルと一緒の生活をしています。5歳のプードルが死ぬ頃は、私も寿命がくる頃です。(あと、10年)
後に残せないので、それまでは、生き続けようと頑張っています。
 
眠り兎
2013/12/30 11:05
タロウが去って2ヶ月後、タロウjuniorを飼いましたが、正直、ちょっと迷いました。この子犬がタロウと同じ16才まで生きるとすると、そのとき私は70才を超えているわけで、こちらが先に老い込むかもしれません。世話をしてやれるだろうか、と考えました。
まあいよいよとなったら、ウチの子供に遺言で頼もうかと思っています。
お互いに、もうしばらく元気で過ごしましょう。
戸松淳矩
2013/12/30 17:56
戸松さんがタロウくんをどれだけ好きなのか
よく伝わってきて、涙がでました。
タロウくんはきっと「戸松さんの家に来てよかったなぁ〜」
とあの世で思っているでしょうね。
うちにも12歳の雑種犬と5歳のアメリカンショートヘアがいます。
世話は大変ですけど癒されますよね。
父は78歳なのでどっちが先か・・・というところでしょうか^^;
猫は残されてわたしが面倒をみるはめになるでしょう。
いち
2014/01/02 00:21
ありがとうございます。
そこまで気持ちを汲んで読んでいただくと、タロウもきっと喜んでいると思います。実際、人間どうしのお付き合いより、犬は純粋で一途なので、すごく肉親的な、わが家の幼子を見るようなつながりができるように思います。
お宅は犬とネコがいるのですか。犬は二十歳まで生きるのは希ですが、ネコはけっこう多いと聞きますから、お父様には健康で長生きしていただかないといけませんね。私が実際に知っている例だと、柴犬の二十歳、日本ネコで二十三歳まで長命したそうです。
戸松淳矩
2014/01/02 11:15
池袋の雨宮と申します。
昔クマ君、そしてタローくんと一緒にお散歩をさせていただいたものです。
彼らをみて我が家でも甲斐犬虎太郎を飼いました。
いま14歳と4ヶ月。
生まれつきの心臓の不整脈の関係でやつれて体力を失いつつあります。

昨日FB仲間の甲斐犬の飼い主さんがお見舞いに来てくれました。
こちらの甲斐犬ネロ君も先日18歳8ヶ月で亡くなったのですがお話の中でネロくんの出身が杉並の文具店の甲斐犬さんの子どもとのこと。
もしかしてネロさんはタロー君のお子さんの可能性が・・・

とりあえずご連絡まで。
虎太郎のパパ
2017/10/08 09:48
ご連絡ありがとうございます。
お名前はかねがねお聞きしております。先々代クマ、先代タロウの写真を撮って戴いたかと思います。今も大切にしています。

そのネロくんは年齢、出生場所から推して、タロウの子どもで間違いないと思います。タロウが健在なら20歳5ヶ月、文房具屋さんの飼われていた牝と交合させたのは1歳半ばですから、時期的に符合します。
思いがけず、貴重な情報をお知らせ戴いて、驚くとともにうれしく思いました。

お宅の虎太郎くんは心臓がよろしくないのですか。幼犬で旅立ったクマも生まれながら心臓がわるかったので、ご心配はよくわかります。またタロウは14歳過ぎにてんかんを発症してから、だんだん衰弱していきましたので、老いてゆく愛犬を見守るつらさ、切なさはとても身につまされます。
どうぞ、お大事にしてください。
戸松淳矩
2017/10/08 15:29
不思議な巡り合わせにびっくりしています。

クマ君とタロー君との出会いがなければ今の虎太郎とも出会えなかったかもしれません。
10年近い両親の介護、虎太郎の存在があったので耐えることができたと思っています。

相棒の余生が少しでも快適なものになるようにが私の最後の使命だと考えています。
ありがとうございました。

虎太郎のパパ
2017/10/08 17:06
重ね重ねありがとうございます。
文房具屋さんの母犬は、たしかクマさんといったと思いますが、六匹の仔犬を生んだと聞きました。そのなかの一匹がネロくんだったのですね。一度だけですが、タロウをつれてタロウの子どもたちを見に行ったことがあります。
ですから、タロウもふくめ、私たちも幼犬のネロくんに会っているわけです。
茫々19年前のことですが、なんとも感慨があります。

今の2代目タロウは先代と血のつながりはないのですが、顔立ちはよく似ています。性格は先代よりだいぶ幼いですが…。
ともあれ、人間より寿命の短い「人生の友」との一日一日を大切に過ごしたいと思っています。
ありがとうございました。
戸松淳矩
2017/10/09 15:59
本日午後3時55分。

虎太郎が旅立ちました。
14歳4ヶ月と16日。
悲しいですが、それほど苦しまずに息を引き取ってくれました。

故クマくんとタロウくんとの出会いがなければ虎太郎との日々もなかっただろうと思い、2匹の先輩たちに感謝いたします。

なお、タロウ君の子供、ネロさんの飼い主さんが弔問にいらしてくれました。
不思議なご縁だったと思います。

タロウ君とネロさんと推定される仔犬君の写真を進呈いたしました。
たいへん喜んでいただきましたのでご報告申し上げます。
ありがとうございました。
虎太郎のパパ
2017/10/21 23:21
驚きました。
前のコメントで虎太郎くんの体調が思わしくないことを知り、家人ともその話をして案じてはおりましたが、こんなに早くその日が来るとは思っていませんでした。
謹んでお悔やみ申し上げます。

わが家では、四年も経った今でも、タロウのことがたびたび話題に上ります。二十年過ぎたクマのことも、折にふれて懐かしく語り合います。そして、そんなときいつも思うのは、タロウもクマも、私たちの心に昔と変わらず生き続けているんだなあ、ということです。
虎太郎くんの身体はこの世を去っても、魂はずっとずっとパパのそばを離れないと思います。これからは何度も虎太郎くんのことを思い出し、思い出をともにする方々と語り合い、心おきなく涙してあげてください。

それにしても、心臓に持病を抱えながらの14歳4ヶ月余り。ほぼ現在のワンちゃんの平均寿命はりっぱに生き抜いたわけで、虎太郎くんのがんばりもさることながら、パパさんの深い愛情の賜だと思います。
愛情を持って、ハンディのある命を育まれ、全うさせて上げたこと、心から敬服いたします。

力を落とさずとか、悲しまずに、などとは申しません。そんなことはできないことは、よくわかりますから。
ただひとつ、どうか、お体にだけはお気を付けください。先にこの悲しみを経験した者から、せめて差し上げられる言葉はそれに尽きます。
お知らせいただいて、本当にありがとうございました。
戸松淳矩
2017/10/22 01:56
本日、セレモニーホールで火葬してきました。

両親の際には、お骨になった姿を見てひとつのふんぎりがついたのですが、今回は悲しみが増しました。
妙なものです・・・・

しばらくはペットロスから抜けないような気がしています。

お骨は墓地等に預けずに自宅に安置します。
私が逝った時に、一緒にしてもらえるように姉と姪っ子たちに頼んであります。

とりあえずご報告まで。


虎太郎のパパ
2017/10/25 01:53
お気持ちはよくわかります。
私の犬ともだちでも、親を亡くしたときより辛かったとおっしゃる方が何人もいらっしゃいます。私自身もそうでした。愛犬は何歳になっても、心は幼子のままですから、不憫な思いがつのりますね。

私どもでも、タロウの遺骨はそのまま大切に寝室に置いてあります。仔犬のころの2代目タロウが骨壺によじのぼって、叱られていたこともありました。
やはり、私が死んだらひとつにして、埋葬するよう言ってあります。

ペットロスの乗りこえはなかなか難しいと思いますし、人それぞれでしょうが、自身の経験から言わせていただくと、無理に抑え込んだり、意識して気を紛らそうとせず、心ゆくまで悲しみに浸った方が良いような気がします。
毎日タロウと散歩したコースをたどり、泣いたり喚いたりしているうちに、少しずつ気力がよみがえった覚えがあります。
お気持ちがわかるだけに、つい僭越なことを申し上げました。
戸松淳矩
2017/10/25 12:25

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