(元)ミステリー作家T・A  あさっての日記

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zoom RSS 「遮断地区」  ミネット・ウォルターズ

<<   作成日時 : 2013/09/27 14:36   >>

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今年の2月末日に出た、当代ミステリーの女王、ウォルターズの新作です。
じつは4月頃、読んだのですが、その頃は小説外の仕事が立て込んで、忙しさに取り紛れていたため、感想をまとめるまでに至りませんでした。今になって「やっぱり、なんか書いとかなくちゃ」と思い直したのは、ミステリーの年度(10月末日まで)がそろそろ終わりに近づいたからです。
この作品も、各種ベストテンで取り上げられるでしょうから、その前に書いておきたいと思いました。といっても、例によって作者や作品周囲への該博な知識はかけらもなく、鋭い分析などどこにもない、ただの感想文なんですけれどね。

ストーリーは、いつものウォルターズ作品とはちょっと趣を異にしています。
ウォルターズ作品というと、ある狭い範囲の人間関係をじっくりと多方面から書き込むのが特徴ですが、この作品も扱っている地理的範囲や登場人物はより広く多くなっていますが、同じ小説作法と言えます。
ただし、アプローチの仕方がだいぶ違う。
これまでは事件が起こり、その事件の背景を丁寧に解きほぐしていくなかで、登場人物たちの個性や抱えていた問題が浮かび上がる…という手法が多用されてきました。
しかし、今作では事件はあくまで「現在進行形」です。
いま現在起きつつある事象を、多面的に描いていくことで、さまざまな人間像と社会関係を浮かび上がらせます。

そういう意味では、従来作品よりサスペンスがあり、物語の動きがあって、読みやすい。おもしろく読ませようという工夫が見られます。今まで「ウォルターズはちょっと重すぎる」「細かい描写が退屈で…」と敬遠していた読者にも、取っつきやすいのではないでしょうか。
ひとつひとつのシーンが短めで、場面転換がスピーディなのも、今どきの読者向けだと思います(私自身は前時代的読者なので、そこに特に惹かれたわけではありませんが)。

さて、肝心のストーリー紹介。
舞台は低所得者向け集合住宅街であるバシンデール団地。ここは貧困家庭、独居老人、シングルマザーなど、社会的弱者が多く暮らし、機能不全に陥っている家庭が多いせいで、子供達の教育程度も低く、違法ドラッグ、アルコール、暴力が蔓延しています。
こう聞くと、「またその手の話か。そういう気が滅入る話は、もうお腹いっぱいなんだよなぁ」と敬遠したくなる読者もいるかもしれませんね。しかし、ウォルターズほどの作家になると、お定まりの人物がお定まりの行動をする、というような退屈な話にはならず、場面場面で、人間の多様性や可塑性を描き出してくれます。それが物語の深みとなっている。

その団地に、当局の指示で小児性愛者が引っ越してくることから、お話が始まります。小児性愛者=幼女をねらうロリコンですから、この情報を知った団地の住民から怒りの声が上がり、主人公のひとりメラニーは反対デモを企画します。ところが、世の中への憤懣を抱く若者達が「変態を殺せ!火を付けろ!」と破壊衝動を爆発させ始めたため、暴動は手のつけようがなくなっていきます。
一方、この地区の巡回を担当をしている女性医師ソフィーは、その直前に小児性愛者ミーローシュの家を訪ねていて、彼の父親フラネクによって家に閉じ込められてしまう。このフラネクがまたサイコパスみたいな危険人物だったから、さあ大変。

これと並行して、エイミーという10歳の少女が姿を消す事件があり、エイミーがこの団地近くで目撃されたとの証言があったりして、変態がエイミーをさらったんだ、という噂が流れてしまう。
というわけで、暴発を防ごうとするメラニー、人質になったソフィー、メラニーを助けに向かう恋人の黒人青年ジミー、エイミーの行方を探る警察官、と4つの視点を軸に物語は進んで行きます。
ミステリーというよりクライムノベルにふさわしい作品ですから、ストーリーはだいたい予想通りに着地しています。あっと驚くどんでん返し、なんてサービスはありません。
『緑衣の女』の評でも書きましたが、うっかりそれをやるとリアリティが毀損されてしまいます。なので、物語は意外なツイストを含みつつも(3人の死者が出ますが、1人は予想外の人です)、きわめてリアルな納得できるかたちに収斂します。

ウォルターズの小説つくりの巧さは、今さら説明の必要もないでしょうが、ひとりひとりの個性の描き出し方、個性と個性がからみあうことから起こる事件(性格悲劇&喜劇を含んで)、それが引き起こす波紋…という具合に、緻密に計算されていながら、何が起こるか分からないというドライヴ感に満ちています。みごとな手際として言いようがない。重厚で充実した小説を読んだ、という満足感が味わえます。

ただ一点だけ、物足りなかったこと。
登場人物のほとんどにわたって過不足なく多面性が描写されているのに、この大騒動の元凶となった人物だけは、ひたすら愚かしい、時代錯誤のつまらない人間に描かれています。彼女にだけはウォルターズは一片の同情も寄せていないし、そのいびつな人間像を理解しようという姿勢を示しません。
「モラル・マジョリティ(道徳的多数派)は嫌い」と言い、「政治的に正当な人間」にはなりたくない、と言う作者ですが、黒人やシングルマザーへの偏見や差別は、実生活の上では存在するものの、差別反対こそが、現代では「政治的に正しい」立場とされています。それが現代の「モラル・マジョリティ」なのです。政治家や知名人がこの種の差別的発言をしたらどうなるか、想像すれば簡単にわかります。
とすれば、現実生活と観念にズレがあるこの時代において、モラル・マジョリティについていけない「差別主義者」の内面や背景を、もう少し突っ込んで描く必要があるのではないか。そうでないと、事件の深層に作者の手がもうひとつ届きかねるのではないか、そんな気がします。
べつに心情的に理解する必要はありませんが、愚物として切り捨ててしまうことに、なにか、作者の小説に対する姿勢の変化を感じてしまった――と言ったら、大げさ過ぎるでしょうか。

鬱屈した物語の謎がラストで解けてカタルシスを得る、というのがふつうのエンタメですが、ウォルターズの持ち味はむしろ読み終えても、もやもやと何かが残り、読者を不安にさせます。
この作品では、そのもやもや感が薄れて、ふつうのエンタメに近づいています。それを読者寄りにスタンスを移した喜ばしい変化と見るか、物足りないと疑問に感じるか…。
私はおもしろく読み終えたものの、いささか疑問に感じたクチでした。
…もちろん、例によって、誤読してるだけかもしれませんけどね。
みなさんはいかがでしょうか。





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内 容 ニックネーム/日時
ウォルターズは心理描写が多そうで面倒そう、いかにも女性作家という感じ(偏見)と勝手にイメージしていて、読んだことがないのですが、本作を初ウォルターズ作品として選んでいいものか、この記事を読むとちょっと迷ってしまいます。何かお勧めの作品はありますか?
若月
2013/09/27 22:56
私がベストだと思うのは『病める狐』です。ストーリー性もあるし、ウォルターズ独特の世界がもっとも深いレベルで展開されています。この『遮断地区』は原作の執筆順では『狐』のひとつ前の作品なんだそうです。つまり本作あたりから、ストーリーに動きを出す傾向が強まったのでしょうか。
なので、ベスト本なら『狐』をお奨めしますが、ご指摘の通り、読者の好みによっては読みやすいとは言えません。読みやすさから言うと、本作が今のところいちばんでしょう。まずこれをお読みになり、耐性をつけてから(笑)『病める狐』というのがよろしいかと思いますが。
戸松淳矩
2013/09/28 12:16

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