(元)ミステリー作家T・A  あさっての日記

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zoom RSS スティーヴン・キング 「ビッグ・ドライバー」

<<   作成日時 : 2013/06/23 13:51   >>

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この拙いブログを読みに来られる方で、スティーヴン・キングを知らない、という方はおそらくいないでしょう。なので、著者の紹介は省略しますが、ともあれ、当世「キング・オヴ・ミステリー」、S・キングの新作中編集ですから、誰が読んでもおもしろくないわけがありません。

収録作品は「ビッグ・ドライバー」と「素晴らしき結婚生活」の2編。

「ビッグ・ドライバー」は、女流作家テスが田舎町の図書館で開かれる講演会に招かれた帰り道、大男にレイプされ、危うく殺されそうになるお話。男はレイプ殺人の常習犯です。
男はテスを死んだものと思い込み、そのおかげで彼女は奇跡的に助かります。なんとか家に逃げ帰ったテスは、傷ついたプライドを守るため、男に復讐を企てる。……弱く小さな存在が、何かを救うために、大きな恐怖の対象に立ち向かう、というのはキングの好む題材ですね。

この作品の設定そのものはミステリーにはよくあるものです。誰でも思いつきそうだ。
しかし作家の実力が問われるのは、誰も考えつかないようなストーリーやトリックを思いつくこと…にあるのではありません(いや、それも大変貴重な才能ですが)。
たとえアイデアはありきたりであっても、過去に例のないような、ありきたりでない、すぐれた小説を創り出すこと。たぶん、そっちの方がむずかしいのでしょう。

余談ですが、若き日のスティーヴン・スピルバーグが「ジョーズ」と「E.T.」のアイデアを映画プロデューサーに持ち込んだとき、「サメが海水浴場を襲い、それを退治する話」「不時着した宇宙人と子どもの交流の話」と説明したら、そんな話は腐るほどあるから、と一蹴されたそうです。
作品の価値を決めるのは「アイデア」ではなく「見せ方」だという、これもひとつの例でしょうか。

さて「ビッグ・ドライバー」ですが、どこがすぐれているかというと、作品の設定はありきたりながら、そこから展開するストーリーにひねりがかかっている。
ひとつは、犯人の人間像を描くのに、やや意外な背景を書き込んでいる点です。大男が襲ってきたのには、ただの偶然では片付けられない、ある理由があったのですねぇ。
そしてこの「やや意外な」ことのひとつはタイトルに仕掛けられたちょっとしたトリックにも関係しています。「ビッグ・ドライバー」つまり、「大男の運転手」という意味なんですけれど、その大男がじつは…以下略。

もう一点のひねりは、添景に過ぎないと思われた人物が、ラストで大きな役割を果たすこと。
この人物のある身体的な特徴が、ラストにいたって深い意味を持ってきます。
その意味がわかったとき、「犯される性」としての女性の哀しみが、長くないストーリーの短いラストでしみじみと感じられてくるのです。
「犯す側」である男性作家のキングが、こういう小説を書いたのは、さすがとしか言いようがない。
われわれ男性が、女性作家の書く「レイプ被害者をヒロインにしたお話」を読むと、その鋭い告発と怨嗟に、居たたまれないような気持ちになることがあります。
しかし一方で、あまりエモーショナルに「まったく、男ってものは…」的な断罪の仕方をされると、ちょっと割り切れない思いを感じることがある。
その点、キングのこの話の持って行き方、説得力はみごとなものです。


続いて、もう一篇の「素晴らしい結婚生活」。
こちらもお話の基本設定はめずらしくない。「ある日、夫が連続殺人犯だと知った、妻の話」です。
かつてウイリアム・カッツとかメアリ・H・クラークとか、サスペンスの名手の本がどんどん出ていた頃、こういうストーリーはいくつか読んだ覚えがあります。
カッツの『恐怖の誕生日』とか、レスリー・G・アダムソンの『偽りの旅路』とか。後者は妻ではなく、いっしょにドライブ旅行している相手なのですが、状況は似ています。

で、サスペンス小説の常道なら、お話はこんなふうに進むでしょう。
妻のダーシーが夫のボブに疑いを持ち始め、しかし一方、彼を信じたいと思う気持ちも強まる。
やがて疑惑を裏付ける証拠が増え始めて、ダーシーと夫の間に微妙な距離ができるようになり……ある日、決定的な事実が夫婦の前にさらされる。
と、ここまででも200枚はゆうにかかるでしょうね。

ところが、キングはそのへんはショートカットしてどんどん話を進め、むしろ「告白」したあとの夫との関係を丁寧に描きます。ここが小説の作りとして、新鮮で、おもしろい。
そしてある出来事をきっかけに、意外な展開があり、しかしこのままでは後味が悪いだろうな…と思っていると、さらに予想外のラストが待っている。
ただしこのラストは、事件そのものの決着という以上に、ダーシーの心の内で、この一連の事態を完結させるという意味で重要になります。まあ、ありきたりな言い方をすると、救いのない話に救いをもたらすわけですね。

こうして見てくると、この150枚ほどの短めの中編には、キングの小説作りの巧さが凝縮されています。
特に夫の語る少年時代のあるエピソードと、もうひとつ、ダーシーの「鏡」にまつわる心象風景の扱い方がじつに上手い。
下手をすると平凡なサスペンス・ドラマになってしまいそうなお話が、これによってぐっと奥行きが出て来ます。現実とは思えない、悪夢のような出来事と、かつては平穏であり、今後も平穏であるべき現実との通路がそこに開いているからです。
こういう小道具の使い方がキングはとても上手い。

というわけで、この作品は読書好きな方にお奨めですが、これから小説を書こうという方や、現在プロデビューをめざして書いているという方にはとりわけお奨めしたい。芸の方面では上手くなるには上手い人の芸をたくさん見ることだ、と言われますが、小説の世界でも同じことだと私は思います。

…え? そのわりにおまえは上手くならないな、ですって?
ふん、よけいなお世話ですよ!

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コメント(4件)

内 容 ニックネーム/日時
ホラーは小説でも映像でも苦手なので、キングは一冊も読んだことがありません。映画化されたものでホラーでないものはいくつか見ていて、好きな作品も結構あるのですが。
今回紹介されているものは読めそうかな?ほかにもホラー苦手なキング初心者におすすめのものがあれば教えていただけるとありがたいです。あ、残虐系もだめです。
若月
2013/06/24 17:16
ミステリーファンでキング苦手って方、けっこういらっしゃるんですよね。逆にキングは読むけど、ほかのミステリーは読まないという方も。キングはホラー作家ですが、モダンホラーと言われるだけに、すぐれた現代小説の書き手でもあります。私は日常生活や日常心理をみっちり描写してくれる、現代作家としてのキングが好きです。そこから怪異な世界にじわじわ引きずり込んでいくあたりが…。

ホラーと残虐系はダメとなると、絶対に読んではいけないのは『ペット・セマタリー』ですかね。サイコーに怖いです。夜中にトイレ行けません。ついでながら映画は駄作でした。
おすすめできるのは定番ですが、少年の友情と成長を描く「スタンド・バイ・ミー」、映画「ショーシャンクの空に」の原作になった「刑務所のリタ・ヘイワース」(新潮文庫の「ゴールデンボーイ」という中編集に収録)と、「グリーンマイル」でしょうか。
長編はやはりホラーがほとんどだったと思います。中短編にはそうでないものがありますが、文春文庫「夕暮れを過ぎて」所収の「彼らが遺したもの」は傑作です。9・11テロ事件について書いたキングの鎮魂歌といった味わいです。短編ですので図書館で借りて読んでもよろしいかと思いますが。
戸松淳矩
2013/06/25 12:10
新人賞に応募すること6回になり、毎回跳ね返されました。
もうそろそろ引き上げ時かなと思いますけど、もうちょっとチャレンジしたいと……。
そんな私にはキングはレベル高すぎて、どこを参考にしたらいいか迷います。
怖いのは「シャイニング」と「IT」でした。IT以来、ピエロが怖くなりました。
作家志望
2013/06/27 15:30
お久しぶりです。
新人賞を経ていない私が言うのもなんですが、6回くらいはまだ悲観することはないと思いますよ。そもそも処女作でデビューなんてのは、よほどの天才か強運の持ち主です。一次で落とされた人が後に人気作家になった例もありますしね。
キングはレベルが高いのは当然ですが、たぶんレベルの問題というより、いま抱えている創作上の関心がどこにあるかという問題ではないでしょうか。
そういうときは広く読み漁るうち、自分の抱えている問題をその人なりに解決している作家が必ず見つかりますから、それを参考に工夫すればいいと思います。
野球選手が、カーブが打てないなら、カーブ打ちの上手い打者のフォームを研究するように。
「シャイニング」も「IT」も怖いですよね。「シャイニング」ではホテルの庭の植え込みのシーンがゾッとしました。
戸松淳矩
2013/06/28 11:41

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