(元)ミステリー作家T・A  あさっての日記

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zoom RSS 「終わりの感覚」 ジュリアン・バーンズ

<<   作成日時 : 2013/04/21 10:59   >>

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昨年のブッカー賞作品。本邦では暮れに新潮社のクレストブックの1冊として刊行されています。180ページあまりの、長めの中編。結論からいうと、純文学としての「グリップ」力と、サスペンスとしての「シャープ」さを持ち合わせた傑作です。

ブッカー賞というのは、イギリスの純文学作品に与えられる、ベスト・オヴ・イヤー賞ですね。過去にはサマセット・モーム「月と6ペンス」とか、カズオ・イシグロ「私を離さないで」とかイアン・マキューアン「贖罪」とか、もう名作と呼ぶしかない受賞作をたくさん輩出しています。世界的にもっとも権威のある文学賞のひとつ。

というと、なんだか小難しくて、心理描写がうっとうしい「文学」なんじゃないの?と思われるかもしれませんが、そんなことはありません。ミステリーとして読んでもおもしろい。
ストーリーはこんな感じです。

主人公のトニー・ウェブスターは今は引退して穏やかに暮らしている60代の男。そこへ突然、見知らぬ弁護士から手紙が届く。日記と500ポンドをあなたに遺した女性がいる、と弁護士は言います。その女性は、学生時代の恋人だったベロニカの母親。日記は高校時代の親友で、のちに自殺したエイドリアンのもの。別れたあと、ベロニカはエイドリアンの恋人となっていた。だが、なぜ彼の日記がベロニカの母親の遺品になっていたのか。そしてなぜ、トニーに贈られたのか。

で、トニーはふしぎに思って、ベロニカに連絡を取ろうとしますが、なぜかベロニカは接触をいやがる様子。そこでトニーは……
というふうに展開していくわけで、いかにもイギリスミステリーっぽいストーリーだと思いませんか。
そしてしだいにエイドリアンの秘密が明らかになっていき、ラストでは「えっ」とおどろく結末が待っています。
ううむ。なんか、T・H・クックのミステリーのエンディングみたい。

たんにミステリーとして読んでもすぐれているのは、お話が人間心理を含めて、とても緻密に組み立てられているからです。真相がわかったあとの納得感は、各キャラクターの造形がしっかりできていて、心理を追っていくと、なるほどこういうこともありうるな、と思わせてくれるからでしょう。
出来のわるいミステリーだと、ストーリーの都合が先にあって、それに合わせて人間を動かすために、読み終えると、なんとも落ち着きのわるい不消化感が残ります。つまり作者にも、登場人物の心理や行動がきちんと把握されていないからでしょう(→おまえの小説もだよ、とは言わないでね)。
そのあたりが、ミステリーとして読んでも、この作品はすばらしい。すごく納得させられます。

文学としてこれをちゃんと語ることは、英文学の教養が不足している私には手に余ります。
この小説の末尾近くの一節は、こう語りかけます。
「人生の終わりに近づくと――いや、人生そのものでなく、その人生で何かを変える可能性がほぼなくなるころに近づくと――人にはしばし立ち尽くす時間が与えられる。ほかに何か間違えたことはないか……」

これは記憶と、人間がどのように記憶のなかの自己像を、その周囲の人々の像を創り上げているか、それはいかに頼りないものかという物語でもあります。そういう意味では、とても現代的な(ポストモダン的な)新しい小説とも言えます。だが語り口は、落ち着いていて、私などの年配には懐かしい「本物の小説」。

この小説は、読んでいるときは夢中でも、読み終えて何日か経つと色あせてしまう小説、の対極にあります。あとになればなるほど、ひとつひとつのシーンや会話の断片が思い出されてくる感じがします。
ついでですが、ひとつだけ疑問を挙げると、主人公の別れた妻マーガレットがとても魅力的に、というか魅力的すぎて描かれていること。なんでこんないい女と別れたんだろう、と不思議になりますが、そのへんはあんまり説明がなかったような気がするなぁ。
もっとも、男女の機微には疎い、鈍感な私のいうことですから、当てにはなりませんが。

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