(元)ミステリー作家T・A  あさっての日記

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zoom RSS 岐阜市にて

<<   作成日時 : 2013/04/06 10:43   >>

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3月28日から3日間、また岐阜市へ行ってきました。といっても今回も観光ではなくて、個人的な所用です。なので岐阜城のある金華山と長良川はバスの窓から見ただけでした。

28日は朝6時過ぎに家を出て、9時過ぎには名古屋に到着。
相変わらず空いている東海道線快速で岐阜へ。
あれこれ所用を済ませてから、バスに乗って、金華山下から長良川を越えて岐阜大学方面へ向かいます。じつは大学方面へ行くにはもっと早く行けるルートがあるのですが、まちがえてこっちに乗ってしまったんですよね。
いつもながらマヌケなことです。

でもおかげで、金華山とその上にそびえる岐阜城を望見することができました。
標高329メートルということですが、平地に突忽とそびえているだけに、道路から山頂を見上げると、たいへん急峻な感じを受けます。
そのむかし、斉藤道三亡き後、孫の龍興(たつおき)が治めていた頃は稲葉山といい、山頂近く、斉藤氏の居城、難攻不落で聞こえた稲葉山城がありました。
これを攻め落としたのが、織田信長。攻め手の一方の大将をつとめたのが木下藤吉郎、ごぞんじ後の豊臣秀吉。竹中半兵衛らを味方に引き入れて、この山の裏側をよじのぼり、攻略したと言われますが、よくこんな険しい山を鎧兜を身につけて登ったもんだなーと驚きます。さすが、だてに猿と呼ばれていたわけではありませんね(違うって)。

岐阜大学はいつ来ても広々として気持ちが良い。校舎、というか大学だから学棟ですが、その間がすごく離れていて、緑がいっぱいです。あちこちに桜や花海棠が咲きそろい、新緑が微風に揺れるさまは、狭いキャンパスにビルばかり建っている東京の大学とは別世界。
ちょうど新入生を迎える時期で、いろいろな催し物の立て看板やテントを設営している学生さんたちが一生懸命働いておりました。
医学部と付属病院は本部区域から、さらに美しい桜並木の径を歩くこと10分。9年前に建てたという、まだ新しい学棟です。

今回は大学病院のなかにも入りましたが、それというのが、必ず服用しなければならない薬をそっくり忘れて来てしまったからなのです。まあ1日くらいなら飲まなくてもいいか、と思うのですが、3日もいるとなると、ちょっと怖い。そこで、大学病院の循環器内科に薬をもらいに出かけたのでした。
東京の大学病院に比べると、とにかく広いし、全体に空気がおっとりしています。受付の人も看護師さんもあまりせかせかしていない。外来患者さんも半分くらいでしょうか。私は飛び込みの初診で行ったのに、待たされた時間は30分もなかったと思います。
先生の対応もどこかのんびりというか、春風駘蕩というか、余裕があります。東京の大病院でも、先生方はやさしくて丁寧な方が多くていつも感謝していますが、待っている患者さんが多いので、病気に関係しない話をしている余裕はこちら側にもありません。

しかしここでは、ときにユーモアを交えたやりとりで、気持ちが癒やされました。たとえば、担当したN先生が、私が忘れて来た薬の用量を慶應病院の循環器内科に問い合わせてくださったのですが、
「こちらは岐阜大学病院のNと申しますが…ああ、どうも、いつもお世話になっております。えーとS先生はいま、いらっしゃいますか」
そして相手方が出て来るまでの間に、先生がぽつり。
「…いつもお世話になっとります、って……全然知らん人やけどな」
これには思わず笑ってしまいましたよ。

翌日は岐阜市役所と柳ヶ瀬商店街へ行きました。
柳ヶ瀬といえば、美川憲一がまだまともだった頃(失礼)、「柳ヶ瀬ブルース」という歌が大ヒットしましたね。昭和42年頃で、今から46年前ですか。美川さんはきれいな低音の、スマートな美青年だった。私は中学に上がったくらいかな。当時の「柳ヶ瀬ブーム」のことはうっすら覚えています。
この日は、たまたま柳ヶ瀬商店街のゆるキャラ、「やなな」の引退記念ショーが行われていて、たいそうな人出でした。全国の有名なゆるキャラ仲間がいろいろ来ていたそうですが、そういうのに疎い私はただ通り過ぎてしまいました。でも「やななガール」?とかいう女の子たちは、AKBのまゆゆやモー娘。の道重みたいで、なかなか可愛かったです。

しかし柳ヶ瀬もむかしは高島屋、メルサなど、デパートや大規模な店が五店あって、土日になると人がたくさん来たそうですが、今は人出も当時の半分以下だとか。デパートも高島屋だけになってしまいました。いずこも同じ地方都市の悩みで、中心街がだんだん寂れて、郊外型のショッピングモールや、近くの大都市(ここでは名古屋)に人が流れているのですね。
でも最近は、駅前の再開発計画が持ち上がり、ドンキホーテが出店したりして、いくらか盛り返しているそうです。

岐阜の良さは、ひとことでいうと「適度に田舎」なこと。
本当に田舎だと、自然や人情はいいでしょうが、やはり不便で、東京者にはつらい。
しかし、ここなら自然もあり、人情もあり、ちょっとバスを使えば、たいていの物は買えるし用事も片付けられる。大型書店がないのは私には困りますが、それは名古屋に行けばいいし、現在ならネット書店もありますからね。
森高千里の「渡良瀬橋」じゃありませんが、こんな「空の広い町」で暮らすのも悪くないな、と思いました。

帰るとき、バスに乗っていたら、とあるバス停で、足の悪いおじいさんが降りようとした。ポールにつかまりながら、よちよちと足を進めるおじいさんに、若い運転手さんが、
「ゆっくりでいいですからね」
とやさしく声をかけています。おじいさんが運転席近くまで来ると、運転手さんは立ち上がって、手を取ってステップを下ろしてあげました。そして「お気を付けてお帰り下さい」と言いながら、運転席へ戻ります。
お客さんも、あたりまえのように、やわらかい視線でそれを見ています。

この光景を見て、もちろんこの運転手さんは個人的にも良い人なのでしょうが、「大都会ではこういう余裕はないなあ」と私は思いました。
そういえば、市役所である窓口を訪ねてから、ほかの窓口への行き方を訊いたら、担当してくれていた人がわざわざ、そこまで連れて行ってくれたこともあった。こんな親切も、人口が適度で、忙しさもほどほどな「適度に田舎」ならではのことでしょう。東京の区役所では、ちょっと無理。

まあ、そんなわけで、足を運ぶ度に、だんだん岐阜が好きになる私でありました。

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フェラガモ 靴
2013/07/03 12:22

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
岐阜県は近くて遠いお隣さんです。
東京のほうがよく行っているかもです。
岐阜県に入るだけなら車で30分くらいで行けますが(笑)
病院から他病院へ電話を掛けるときやかかってきた時
「いつもお世話になっております」って
絶対言うんですよね、世話になってなくても世話してなくても。
今度学会で岐阜に行くので良いところ見てきます^^
いち
2013/04/21 15:37
あんがい隣の県はそんなものかもしれませんね。私も隣の埼玉県にはめったに行きません。それこそ、名古屋、京都、大阪の方がよく行きます。
「いつもお世話に……」は医療機関どうしのお決まりの挨拶なんですね。
物書き業界の「御作は拝読させていただいています」「ファンです」みたいなもんか。
戸松淳矩
2013/04/22 20:06

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