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あれこれ取り紛れておりまして、すっかり更新が遅くなってしまいました。どうもすみません。今日のテーマは『ゴールデンスランバー』。三が日のうちには読了していたんですが、なかなか感想を書く暇がなくって。…ではでは、お粗末ながら、しばらくのお付き合いをばお願いいたしておきます…って、初笑い寄席じゃないんだから。 ええと、伊坂作品はたしか『アヒルと鴨のコインロッカー』以来だから、ほぼ4年ぶりですか。で、最初の数十ページを読んだ印象は、「…うまくなったな、この人」。 人気実力とも今やトップレベルの伊坂さんをつかまえて、「うまくなった」もないのだけれど、これはあくまで伊坂メジャー(メジャーといっても物差しのほうね)を基準にしての話です。つまり、私たちは本を読むとき、その作家に合わせたメジャーを無意識に使い分けているわけで、新人メジャーと、例えば宮部メジャーとはまったく違う。で、そのレベルの高い伊坂メジャーに当て嵌めてみても、うまくなってるな…と感じさせられたんですね。 どこが、というと、まずは文章です。『アヒルと鴨…』のころの伊坂さんの文章は、もっと個性が強くてクセがあった。そこが新鮮でもある反面、読者を選ぶきらいもあったと思います。自分には合わないな、と感じてしまう読者も少なくなかった(と思う)。ところが今度の新作では、かつての伊坂調を残しつつ、もっとマイルドになったというか、読者に対する間口が広くなった気がする。これは変化したというより、やはり成熟したと言うべき良き傾向でしょう。 ただ、なにしろ4年ぶりなので、熱心な伊坂ファンからは「今ごろナニを寝惚けたことを。イサカはもっと前から進化していたんだよ」と笑われるかもしれませんけど。 会話の上手さは相変わらず。小説の会話は現実の話し言葉そのものではなくて、それを抽象化したものです。会話が上手いというのは、リアル感を残しつつうまく抽象化の処理ができているということですね。このへんの呼吸がとてもいい。 それから構成が一段と巧みになった。『ラッシュライフ』や『アヒルと鴨…』でも構成力に感心させられましたが、今回はさらに緻密で、大胆になりました。ほんのちょっとしたエピソードがあとになって利いてくるあたり、何度も「アッ、そう来るのかよ」とのけぞりましたよ。 「痴漢は死ね」とか「たいへんよくできました」とかの言葉の使い方などは、涙もろい読者ならグッと来てしまうでしょうね。私くらいひねくれると、こんなに読者あしらいが上手いところをみると、伊坂って人はよほどの悪人なんじゃないか、なんて思ってしまいますが。とにかく無駄がない。 凡庸な書き手なら(私も含めてです)、これと同じストーリーを考えても、たぶん平凡に事件の発端から順に書いていくでしょう。 ところがこの物語は「事件のはじまり」のあとに「事件の視聴者」が来る。次が「事件から二十年後」、そしてやっと本編と言うべき「事件」、ラストが「事件から三ヶ月」。この構成によって、事件が立体的に、遠近感をもって見えてくるんですね。多視点プラス異時間の効果がじつにすばらしい。また、こうすることで、事件そのものを語るパートで余分な説明が要らなくなるから、スピード感が失われない。よくよく考え抜かれた構成です。 おまけに、この並びには小さいけれど、ある仕掛けも潜ませてあるんですよ。私はまんまと引っかかって、真相がわかったときには、頭を抱えたね。 こういうテクニックは、やはり天性のものなんでしょうか。 なんだ、誉めてばっかりじゃん、と思われるかもしれませんが、じつは注文も2つある。ただし、この作品について、というよりも、この系統の作品をさらに書かれるならもっとこうしてほしい…という、いわば贅沢な注文です。この作品については、これで完成したものになっていますから、付け加えるものはないと思う。 注文のひとつめは、このレベルを維持したまま、もっと大技を仕掛けてほしいということ。終盤で物語の見え方ががらりと変わってしまうような、思わず1ページ目を読み返したくなるような、大仕掛けですね。というのは、この作品のストーリーそのものはわりとストレートなので、次はべつのテイストで楽しみたい。 もしこのレベルの物語に『アヒルと鴨…』みたいなどんでん返しが組み込まれていたら、もう悶絶モノでしょう。うまいなーと思わせておいて、ラストで、「ここまでやっちゃ、えげつなさ過ぎだよー」と絶叫してしまうような、そんな伊坂小説が読みたいものです。 …言わずもがなのお断りをしておきますが、こういう言い方をしたからって、「なら、おまえが書いてみろ」とか「おまえには書けるのかよ」とかいうのは、平にご容赦願います。自分にはできなくたって「イチロー、そろそろ4割打てよ」とか「松阪、今季は絶対20勝しろよ」とか言ったっていいわけですから。 もうひとつの注文は、世界観の問題。この物語はひとりの平凡な市民(かなりの二枚目ではありますけど)が、権力を握る大きな勢力に首相暗殺の濡れ衣を着せられて、とにかく逃げまくるお話です。政府、政党、警察、マスコミぐるみで犯人に仕立てられるという、設定自体は非現実的なお話。著者もあとがきで「真に受けないでください」とおっしゃっていますが。 時代設定は不明ですが、まあ近未来の日本かな。今の日本社会とはシステムが違っていて、そのへんは作者の配慮が行き届いています。だが荒唐無稽といえば、そうも言える。 エンタメなんだからおもしろければいいじゃん、荒唐無稽で何が悪い、という考え方もたしかにあります。私もそれは認めます。それに管理社会、監視社会は絵空事ではなく、現実に進行しつつある。その延長上にこういう設定を措いても、おかしくはない。 ただ、この物語の根底にある世界観は「世の中のすべては一部のエライやつらが握っている。その人間たちが動かしている」というものです。そんなセリフが何カ所か登場もしている。 そういうこともないとは言えません。どこの国にもその傾向はある。この物語に近いような国家も現実に存在しています。 しかしこの世界認識はいかにも古いと思う。むかしのマルキストとか、旧世代のフェミニストとか、あるいはユダヤの陰謀説、アメリカの陰謀説といった、世界は闇の勢力が支配している式の「単一原因」世界観では現実はもう捉えられなくなっています。現代人なら、自分という個人も、人間も、社会も、世界もわかりやすい合理主義では捉えられないことを感じているはずです。じつはその先にこそ、本当の怖さがあることも。 ですから社会の怖さを描くなら、そこまで踏み込み、それを抽象化したものとして描いてほしい。…それじゃまるで村上春樹みたいじゃん、と言われるかもしれませんけど(笑)。 そんな小うるさい注文を付けたくなるのも、それだけこの物語がすぐれて良い出来だったから。結論はそういうことになるのかな。 |
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ハードディスク復旧・ハードディスク修理 ... 2008/01/11 03:31 |
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伊坂作品は未読なので読みたくなってきました。 |
石ころ 2008/01/10 13:40 |
そうですね。本文で書いたように、ずっと伊坂さんを読み続けているわけではないので、的確なアドバイスはできませんが、「アヒルと鴨…」は入り口としてはいいと思います。出版順は五冊めですが、かなり早い時期に書かれていたものだそうです。 |
戸松淳矩 2008/01/11 05:56 |
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