ミステリー作家戸松淳矩 あさっての日記

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help リーダーに追加 RSS 不良患者の記

<<   作成日時 : 2007/12/26 20:01   >>

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病院話の順序が前後しますが、慶應病院の体験記を先に一部、書いておきましょう。体験記というより、行状記と言うべきかもしれませんが。

 手っとり早く言いますと、榊原記念病院では優良患者だった(?)私ですが、慶應ではチョイ悪患者になってしまった。それも当然と言えば当然で、榊原のときは心臓の重篤患者だったのだから、おとなしくしていないと、それこそ命にかかわる。ところが慶應では検査だけの入院ですからね、それも2週間。
 それにアルドステロン症という病気は、自覚症状がなんにもない。痛くもかゆくも、苦しくもなんともない。ほんとにそんな病気に罹っているのかしらん、と思いたくなるほど身体は元気。そんな状態で半月も病院に閉じこめられてご覧なさい。おとなしくしていろというほうが、これは無理というものです。

 まず最初に始めたのが院外散歩。ほんとうは院外に出るには、主治医の先生から許可証を書いてもらわなくてはいけません。日時、時間をきちんと届け出て、書類をいちいちナースステーションに提出して、はじめて外へ出られる。そりゃ、そうですよね。治療中の患者が勝手にふらふら外出したのでは、医師は管理ができませんもの。
 ところが私は検査だけだから、治療中ではない。それにいくら検査漬けといっても、午後などはそこそこ暇な時間ができます。はじめはおとなしく本を読んだり原稿を書いたりしていたのですが、4、5日もすると退屈になってきた。
 そこで散歩に出たのですが、慶應病院というところは歩くのに適した場所がほとんどないんですよ。

 最初こそ前庭をぐるぐる回っていましたが、そのうち隣にある慶應大学医学部のキャンパスまで足を伸ばすようになった。医学部の敷地だって広く解釈すれば、病院の敷地と言えぬことはない。というわけでキャンパスをうろついていたのですが、ある日のこと、つい裏口から道路に出てしまった。
 そこは公道が通っていますから、どうみても院外になるんですが、道路の向かいには北里記念館とか病院別館、看護師寮などが建っているので、さらに拡大解釈すれば、病院の勢力圏と言ってもおかしくはない。こじつけるなら病院の敷地に準じる…とも言える。

 そうこうしているあいだに、いつしか私の足は信濃町駅前の交差点をわたって、外苑東通りの向こう側まで伸びてしまいました。それというのも、交差点を渡ったところに本屋があったからで、本屋を見るとついつい入ってしまうのは、物書きの性。さて本を買えば、コーヒーでもすすりながら中味を読んでみたくなるのが人情というものですな。で、喫茶店にも入るようになった。
 ここまで来ると、もう規約違反は明らかです(…とっくに明らかなんだってば)。
 さればといって、いったんできた習慣はなかなか改めにくいもの。とうとう見舞いに来た家族や友人とも喫茶店で会うようになり、こうなるともはや入院患者なんだか、ただの寄宿人なんだかわかりません。
 さらにお天気のいい日には、黄葉したイチョウを見に絵画館や国立競技場付近まで遠征し、あるいは明治記念館の庭園をのぞいてから創価学会本部の偉容を仰ぐなど、信濃町界隈の初冬風景を満喫しておりました。

 しかし悪事はいつまでも続かぬのが世の習いで、ある日看護師寮近くを歩いていたら、「あらッ? 何やってるんですか、こんなところで」と鋭い声がかかった。ギョッとして振り返ると、その前の晩に夜勤担当だった看護師さんが、コンビニ袋片手に目を点にしています。さすがにこれはヤバイと悟った私めは、いやぁ間違えて裏口を抜けちゃった、などとその場をごまかしましたが、それ以来、なんとなくナースステーションの前が通りにくい。なんか疑惑の目で見られているような気がする。

 また別のときには、正門から帰ってくるところを別の看護師さんに見つかった。看護師さんも帰宅するときは私服ですから、外来患者や見舞客と区別がつきません。すれ違いざま、「なーんで入院してる人が正門から入ってくるんですかぁ?」と叱責?を浴びせられて、こればかりはどうにもごまかしようがありませんでした。

 仕方がないから、それからは院内をうろつくだけにして、遠くの病棟まで行ってみたり、階段を昇ったり降りたりしていましたが、そんなに身体を動かしたいならということで、リハビリ室に通ってもいいことになった。これはおもしろかったなあ。自転車漕ぎも良かったけれど、ウォーキングマシンが楽しかった。あれって、速度と斜度がアトランダムに変わるんですよ。平地で時速3qなんてゆるいレベルからスタートして、だんだんきつくなると斜度8度、時速5qなんてのもある。これは冗談じゃなくキツイ。脈拍が120くらいになります。それでもいちばん楽なコースだったんですけど。

 雨が降った日や夕食後は、一階ホールに降りて、ここをぐるぐる回ります。一周200歩のコースを作って、歩いていると、ときどき外来患者や見舞客に道を尋ねられることがある。毎日散歩して、院内の地理はだいたい覚えているし、時間はいくらでもあるから、もちろん親切に教えます。小児科の救急外来なんかだと、診察室まで案内もしたりして。

 しかし私が頻繁にホールに降りていた理由のひとつには、携帯電話を使うためもありました。病院内は原則として一階ホールを除き、携帯のスイッチをoffにしておかなくてはならない。
 それで、おもに夜になると降りていたのですが、驚いたのは、このマナーを守らない人がけっこういることでした。私は8階に入っていたけれど、この階のエレベーターホールで平然と携帯で通話している人を何人か見ました。すぐ近くに公衆電話が設置されているのにね…。それどころか、病室内から通話している人を目撃したときには、もう唖然としちゃったなぁ。
 あちこちに携帯使用禁止の注意書きがあるのに、自分も入院している身の上で、どうして迷惑を被るかもしれない患者さんのことを考えないのだろう、と不思議な気がしました。自分ひとりくらい、と思うのでしょうが、1000人を超す入院患者の10%がもしそう思ったら、100台超のケータイが作動することになりますよね。
 
 そのことをナースのひとりに話してみたら、「私たちも、なるべく気をつけるようにはしているんですけどねぇ」
 ウンウンとうなずいたあと、「でもね、ルールはケータイだけに限りませんよ。入院中はどんなルールも守ってくださいね」

 …一言もございません。

 

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