ミステリー作家戸松淳矩 あさっての日記

アクセスカウンタ

help リーダーに追加 RSS 有栖川さんの『女王国の城』

<<   作成日時 : 2007/12/01 20:05   >>

トラックバック 1 / コメント 0

ご本人を存じ上げていると書評はしにくいもので、あまり褒めればゴマを擂っているように見えるし、貶すと世間を狭くしてしまうというか、要するにあとがコワイ。もちろん有栖川さんのお人柄からして、仮に批判されたからといって、いちいち気にされることもないでしょうが。
 …という書き方からおわかりかもしれませんが、この作品については、やや物足りない点、疑問点もなかったとは言えない。でも結論からいえば、今年の国内物ではもっとも読後感のよい、好ましい作品でした。

 良かった点の筆頭は、48歳の作家が大学生を主人公にしたシリーズの続編を15年ぶりに書いたのに、作品の空気感が若々しいままだということ。これは特筆ものでしょう。もちろん、ここに出てくる大学生たちは80年代の若者であって、いまの若者ではない。けれど当時の若者の空気が作り物でなく、きちんと再現されている。
 中年以上の作家が若い人を主人公にして物語を書くと、しばしばしくじることがあります。主人公の若さを演出しようとしすぎて、独り善がりになる。力の入れドコロが読者に透けてみえてしまって、何とも言えぬ作り物感が出てきてしまう。これを回避するには時代物にするとか、デフォルメしてコメディぽくするとか、いくつか手はあるようですが、それでもむずかしい。正面から若い語り手を書き切れるというのは、有栖川さんのなかに今も当時の若者が生きているからでしょうね。
 失礼ながら、15年ぶりのシリーズ新作と聞いて、いちばん危惧したのはその点でした〈おまえがが言うな、ですか? はいはい、よくわかっておりますです〉。しかし、読み出して数ページでその危惧は霧消した。となれば、あとはストーリー展開に身を任せる快をむさぼればいいだけです。

 そしてストーリー作りということになると、作者は一転してベテランの技を惜しげもなく見せてくれます。雰囲気の演出がうまいし、とくに小技を含めて伏線の使い方がさすがですね。無理のない展開に乗せられてすらすら読んでいくと、アッと思わせられる箇所がいくつもある。なにげなく置かれていた仕掛けが、そこで鮮やかな効果を発揮する。うまいものです。
 私がいちばん気に入ったのは、犯人独特のある論理の使い方。舞台が宗教教団の本部ですから、ありきたりの動機や日常論理だけでは収まりがわるい。そこをどう捌くのかなと思っていましたが、作者の工夫にはなるほどと思わせるものがあります。
 ことにアリバイ工作かと思わせて、じつは…という犯行の論理はおもしろい。泡坂妻夫さんの世界を想起させるような奇想には、ついニヤリとしてしまいました。

 では物足りないと感じたところはどこかと言うと、これネタバレになりそうなので詳しく書けないんですけど、犯人の動機からすると、アレをあのままにしてはおかないだろう、という点がひとつある。もっとも、このファクターは終盤のおどろくべき真相につながるので、実作者としては、そこはどう扱うべきかむずかしい。やや不自然でも構成のおもしろさを採るか、構成をかなりの部分犠牲にしてもリアリティを採るか。
 もうひとつは凶器の扱いですね。この凶器を使わなかったとしたら作品世界がまったく変わってしまいますが、犯人サイドからみると、あえてアレを使う必然性があったのかどうか。使った場合のデメリットのほうが大きいような気もします。
 そこが謎を解く論理の組み立てにも影響していて、「これしかない」という有栖川さんの持ち味である緻密さがやや曖昧になった感が残りました。

 だがしかし。この魅惑的な舞台設定を活かしてユニークな小説世界を築きあげたことに比すれば、それらはわずかな瑕瑾と言うべきでしょう。細部の精緻さにこだわって作者が禁欲的になってしまえば、この傑作は生まれなかった。
 読み終えて感じるのは、この作品の持つスケール感というか、開放感とでも言うべきものでした。題材がSFに通じるような宇宙信仰の教団だからというだけでなく、なにか異世界に出かけていって、そこから帰ってきたという解放感とともに、出かける前よりも主人公の世界が広がったような開放感がある。一種の成長小説なんですね、これは。それを可能にしているのは、作者の年齢的な成熟だろうと思います。

 それにしても、ラストがきれいにまとまっていますねぇ。適度に甘くて、リリカルで、けれどやさしい抑制が効いている。女性に有栖川ファンが多いのもうなずけます。
 


設定テーマ

関連テーマ 一覧

月別リンク

トラックバック(1件)

タイトル (本文) ブログ名/日時
なぜ、エクゼクティブは書けないペンを捨てないのか?
ワタミの渡邊社長の推薦する本の書評です。よろしければ、ご訪問ください。 ...続きを見る
自己啓発書の読書評
2007/12/02 17:43

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文