|
病気の話に家族の不幸話と、なんだか昔の私小説みたいになってきましたので、ここらでちょっと空気を入れ換えましょう。 といっても、入院物語はまだ続きますよ。ここまではおもに病状の話題で、これからナースやドクターや同室の患者さんたちとの、ちょっぴり辛くも愉快で楽しい日々のお話に入るんですからね。 さて、それはともかくとして、今回は久々の書評です。じつはこれ、5月の末日に出た本で、読了したのが8月なので今さら書評でもないのですが、今年を振り返るとき、やはり落とせない作品だと思います。読後の印象は、純然たるミステリーとはもはや呼びにくいけれど、とにかく「巧い」のひと言。小説読みそのものが好きな人なら、読まずに済ますのはもったいない。 この本の話を最初に耳にしたとき、「ウォーターズの新作、タイトル決まったみたいですね。やしゅう、ですって」と言われた私めは、かなりおどろいた。 「えっ、原題は何とかウォッチ、とか言うんじゃなかったっけ? そりゃまた、えらくバイオレンスな邦題をつけたもんですねー」 「…え。バ、バイオレンスって…?」 「だって夜襲でしょ」 バカですね〜。第二次大戦下のロンドン空襲を背景にした物語、と聞いていたので、ドイツ軍機がロンドンを「夜襲」する話だな、と早とちりしちゃったわけ。だから、どうみても、ウォーターズらしくない話だよなあ、と思っていた。夜襲じゃ軍事冒険サスペンスだもんなあ。北方謙三さんが乙女チックな純愛ものラノベを書くくらい、ウォーターズには似合わない。でも「夜愁」なら、これはお似合いです。 ウォーターズをよく知らんという方のためにご説明しますと、ここまで邦訳されたのが『半身』と『荊の城』の2作。これがともども「このミス」の海外もの第1位となっている。本国での評価も高く、『荊の城』は英国推理作家協会賞のヒストリカル・ダガー賞を受けていますし、本書はブッカー賞候補にもなったそうです。 この人の特徴は、ストーリー作りがうまいことと、描写力がすぐれていること。だから、物語世界がとても豊饒で、ぐんぐん引っ張り込まれます。その点はウォルターズ(まぎらわしい!)に似ていますが、前作までの時代がビクトリア朝ということもあって、ロマン度はこちらのほうが高い。オカルトぽかったり、ディケンズ風味だったり、物語を楽しませる技はじつに多彩、かつ見事なものです。 そして、どういうわけか、登場人物にレズビアンが多い。どの作品でも中心となる登場人物はレズ、もしくはその嗜好のあるらしい女性です。単純に考えると、ウォーターズ自身がレズなのかもしれませんが、そのへんは私にはどうでもよろしい。しかし『仮面の告白』や『禁色』を書いた三島はホモだったというし、『春琴抄』その他の谷崎はマゾ趣味だったようですから、これだけレズ心理を書き込む作者はたぶん真性のレズなのでありましょう(断定)。 しかも前2作はセックスモラルの厳しかったヴィクトリア朝を舞台に書かれ、本作は大戦下のロンドンという設定ですから、現代とは同性愛者の置かれた環境がまったく違う。たんに変態扱いされるだけでなく、宗教的・社会的罪人でもあった。 さらにくわえて、ですよ。本作では、ほかの登場人物がまたひとひねりしてあるんですな。ホモの男たちに、不倫で妊娠して堕胎する女、その相手の妻子持ちの男、兵役拒否の少年、自殺幇助者…と、いわゆる当時の「まっとうに生きている良識的な市民」とは距離のある人々ばかりです。 この「世間との距離感」がウォーターズの描く世界の特色でもある。全編に漂うそこはかとない哀しみは、主人公の置かれた社会的、家庭的境遇から来るというより、自分はまっとうな人交わりができないのだという、主人公の「存在の哀しみ」でしょう。 異端者、もしくは不遇感の持ち主というのは、個我の差異についての観察眼がするどくなりますから、小説の主要登場人物になりやすい。それにしても、ここまで異端者を並べなくても、という気はしますけれど。 ストーリーは戦後の1947年から始まり、戦争後期の44年、戦争前期の41年、とだんだん遡ってゆく構成になっています。ここがこの作品の「技能賞」たるゆえん。もしこの物語をふつうの時系列に沿って書いていたら、それなりに面白くはあるでしょうが、これほどの牽引力は生まれなかったと思います。物語そのものは、戦時下生活や個々人の恋愛や友情を描いているものの、前2作ほどの起伏はありません。 けれど過去に遡る構成を取ることで、現在の謎(Aなる人物とBという人物の関係の秘密だとか、Cがなぜある品物に異様にこだわるのか、だとか)が、だんだんわかってくる。これが興趣をそそります。 そしてその構成だからこそ、最終章がとても哀しくも美しい。このように始まったヒロインたちの物語が、その後どうなってゆくのか、読者はすでに知っているのですから。じつに印象的な幕切れ…というか、幕開けです。 もうひとつ、私のような歴史ネタ好きに堪えられないのは、戦時下のロンドンをよくもここまでと思うくらい、書き尽くしていること。作者の紹介する参考文献だけでも、すさまじい量です。ここまでは、日本人作家ではなかなかカバーできないでしょうね。ともあれ、私の英語力では読むだけで数十年かかりそう(泣)。 そういえば、ここ何年か、ロンドン空襲ものは続けて読んでいるんだよなあ。『双生児』もそうだったし、『犬は勘定に入れません』もそうだった。これもsynchronicityでしょうか。 |
| << 前記事(2007/11/22) | トップへ | 後記事(2007/11/28)>> |
| タイトル (本文) | ブログ名/日時 |
|---|
| 内 容 | ニックネーム/日時 |
|---|
| << 前記事(2007/11/22) | トップへ | 後記事(2007/11/28)>> |