ミステリー作家戸松淳矩 あさっての日記

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help リーダーに追加 RSS 柄刀一さんが見せた作家魂

<<   作成日時 : 2007/08/28 15:21   >>

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この記事は書評ではありません。柄刀一さんの新刊『密室キングダム』についての書評は後日、稿を改めてupいたします。ここで書くのは、まだ「評」以前の、未整理な感想です。
 というのも、この本については10月発売の『ミステリーズ!』で評を書くことになっておりまして、ですから、先にこちらにそれを書いてしまうわけにはいかないんですな。

 正直に言うと、このタイプの小説はあまり私の好みではありません。『ミステリーズ』の書評コラムは、だいたい、こちらがセレクトした本について書かせてくれるのですが、今回は先方からこれを書けという指定がありました。それが『密室キングダム』。
 送られてきたのを見たところ、なんと900ページもある。おまけに、どうやら密室殺人がてんこ盛りの、ガチガチの純本格らしい。パラパラッと眺めただけでも、論証部分がみっちり詰まっていて、これはしんどそうだ。

 「物語」が好きな私としては、同じ本格ものでも、語りの上手いタイプや、独特の怪異な雰囲気を醸し出すタイプは得意なんだけど、かっちりした論証がえんえん続く、みたいなタイプはやや苦手。クイーンよりカーが好き、という部類ですね。
 ですから、ぶっちゃけた話、あんまり気が進まないまま読み始めた。

 それにこんなことを申し上げては失礼なんですが、私は業界用語で言うところの、柄刀さんのあまり良い読者ではなく〈つまり、御作をこれまで読んだことがなく〉、予備知識もほとんどなかった。たしか鮎川賞からデヴューされたんだっけ、とか、文春の本格ミステリマスターズのシリーズに、何か書かれていたなぁ、とかくらいしか知りませんでした。

 ところが。第一の密室事件とその解明まで読み終えて、思わず居ずまいを正しましたね。襟も正そうと思ったけれど、着ていたのがTシャツなので、ともかくも背筋だけは伸ばした、というくらい、おどろいた。…詳しくは書けませんけど、このネタをメインにすれば、これだけで長編が1本書けます。というか、この作品には5つの密室事件が出てくるんですけど、書こうと思えば、これに使われたネタで長編がじゅうぶん3本は書けるんじゃないか。

 そのくらい密度の高いトリックを惜しげもなく、ひとつの作品に次々と投入する、そのアイデアの濫費にまず肝を潰した。
 それから、密室事件を5つ並べるという、その腹の括り方がまたすばらしい。ふつうなら、密室トリックのアイデアが5つもあったら、せいぜい1つか2つ使って、あとはほかの要素を取り混ぜて変化をつけます。小説としての、全体構成を整えようとするんですね。ところが柄刀さんは、そんな小説作法の常識など初めから一顧だにしていない。

 この作品のアイデアが優れているのは、物理的トリックが秀逸だというだけではありません。これもまたここでは述べませんが、使い方に妙がある。それについては、たぶん多くの批評家が触れると思いますが、私がいちばんに言いたいのは、そういった技術論ではなくて、柄刀さんがこの作品で見せた気迫というか、魂というか、その作家としての在りようです。

 もちろんプロ作家とはいえ、いつもいつも全力投球はできません。とくに日本の出版事情や日本語読者のパイの小ささを考えれば、作家だって計算をしなくてはやっていけない。投入する労力と時間、そこから得られる経済的利益と社会的威信を考え合わせて、できるだけ効率よく、燃費よく走ろうとするのは仕方がないことです。
「作家たるもの、一作でも傑作が遺せるなら、飢えて死んでも本望だろう」などと言う人には、黙したまま、「じゃあ、あんたがやってみたら」と胸のうちで答えるしかない。

 けれど、それでいいのかと言えば、むろん良いはずがありません。物書きはどこかに狂の部分がなければダメだ、とある高名な批評家が言いましたが、これは至言だと思う。
 何に対して「狂」であるべきかは問うまでもない。ものに取り憑かれたかのように、計算も常識も度外視して書きたいものを書き、創りたいものを創る。そのためには、大きな犠牲を払うことも厭わない。アイデアとエネルギーのこうした蕩尽こそ、創作という行為の本質ではないかと思います。

 10年に1冊でもいいから、作家はそういう作品を世に問うべきだと私は思う。読者をして「そこまでやるのか」と驚嘆させ、作家志望の若い人々を「ここまで高みに登らなくてはならないのか」と絶望と焦燥の淵に叩き落とす。
 それが大きく言えば、日本の小説のレベルを高め、文化に貢献することでもある…のですが、そんなことはどこかのお偉方が考えればいいことで、作家はときに溜めに溜めたエネルギーを爆発させて、ただ狂えばいい。創造的過剰に身を任せつつ、「一期は夢よ、ただ狂へ」。これです。

 だから、逆に言えば、柄刀さんのこの作品を「バランスのとれた」立場から批判するのはやさしいことです。私だって、2つや3つの「欠点」を指摘することはすぐできる。だが、そんな小賢しい批判は、この覚悟のすわった作品の前では、淡雪のようにたちまち消えてしまいます。
 一読して、私は「おまえはここまでやれるのか」と首筋に刃を突きつけられた気がしました。うまい小説、よくできた小説にはしばしばお目にかかれるけれど、創作を志す者にこういう感銘を与えてくれる小説はそうはないものです。

 お見事でした、柄刀一さん。感服いたしました。

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