|
考えてみると、選考の結果を電話で知らせてくださる事務局の方も、けっこう気を遣われるでしょうね。私のところに知らせて下さったのはAさんでしたが、あれ、おひとりで全員に掛けるんでしょうか。受賞した人に掛けるのは喜び事だからいいとして、外された候補者に知らせるのはさぞ気が重いでしょう…。もっとも、そのときはパニクっていて、とてもそんなことまで気が回りませんでしたけど。 ともあれ、電話口に出ると「日本推理作家協会の事務局ですが」と名乗られたあと、すぐに「おめでとうございます」と言われました。受賞作と決まりました、と聞かされて私が返した言葉は「ありがとうございます」でも「お疲れさまです」でもなくて、「へぇぇ、ほんとですか」 …マヌケですねー、我ながら。でも、それが偽りのない心境でした。よくテレビドラマなんかで、もてない男が絶対無理そうな美女に告白するシーンで、相手があっさりO.K.してくれたもんで、かえってびっくりしちゃう…という場合がありますよね。たぶん、あれに近い気持ちだったのだろうと思います。 後に『剣と薔薇の夏』の文庫版解説では、戸川さんが、このときの私を落ち着いてふるまっていたように書いてくださっています。ですが、じつは落ち着いていたというより、びっくりしてポカンとしていたというのがホントのところでした。 さて、けれども、ほんとうに大変なのはここから。まだ事態が把握できずボンヤリしているのに、ただちに第一ホテルに連れて行かれて、いきなり協会が用意した控室に引っ張り込まれます。ここには事務局のスタッフのほか、「オール讀物」編集部の方々が詰めていて、次々に祝福の言葉を掛けて下さるやら、名刺を下さるやら、カメラを構えられるやら、もうわけがわかりません。回っている洗濯機に放り込まれたネコの心境ですな。目が回りそう。 後で伺うと、協会賞は各出版社が輪番制で担当しているようで、この年は文藝春秋社の番だったのだそうです。そうこうしているうちに、担当理事の西上心太さんが来られ、逢坂剛理事長がやって来られます。 ここでパニックの度数が急上昇、というのもシロート同然の私ですから、有名作家にお目にかかるのはこれが初めて!「うぉっ、逢坂剛じゃん。モズだよ、モズ。カディスの赤い星ですよ」とほとんど茫然自失しているあいだに、逢坂さんが名刺を下さる。だが、ありがたく押し戴いたところでハッと気がついた。…名刺、持ってくるの忘れてるよ! この事実をみても、私がまったく受賞を予想していなかったことが、自分のことながらよくわかりますね。つまり、銀座から会見場に呼ばれるなんてことは、まるきり想定していなかった。戸川さんたちと残念会でもやって、そのまま帰るつもりだったんだろうなあ。 今後候補になられる作家のみなさんには、ぜひ名刺だけは忘れないように、とご忠告しておきます。まあ、そんなウカツなやつは私以外にはいないと思いますけど。財布は忘れても借りられますが、こればかりはどうにもならない。ほんとに弱りましたよ。結局その日は、あちこちで名刺を戴いては「すみません、名刺を忘れてしまいまして…」とぺこぺこ謝ってばかりおりました。 そして、いよいよ会見が始まる。呼ばれて会見場に入っていくと、ひな段の上に白いカバーを掛けたテーブルと椅子が5脚。真ん中に評論賞の日高さんと並んで座らされます。すぐに3人の方が入ってこられて、これが逢坂理事長と選考委員の宮部みゆきさん、黒川博行さん。傍らの司会者席にいらっしゃるのは立ち合い理事の北村薫さん。…もう緊張は臨界点ですよ。 なかでも日ごろ愛読している宮部さんが同じ席に着かれたのには、ガチガチに硬くなりました。正直なところ、記者席は見ないで、横目で宮部さんばかり見ていましたもの〈笑〉。スターに間近で会った少年ファンの心境ですね。スターより年食ってる「少年」なんですけど。 ふつう協会賞を受ける作家さんはそれなりにキャリアもあって、すでに人気作家の地位を築いている方が多い。だから私みたいにコーフンすることはないと思います。私の場合、むしろ新人賞受賞者の気持ちに近かったんだろうなぁ。 北村さんから賞の選考について発表があり、逢坂さんが理事長挨拶をされ、黒川さんが長編賞の選考過程を説明され、最後に宮部さんが短編及び評論賞の説明をされる。…でも内容については、ボーッとしていたせいか、ほとんど覚えていません。黒川さんが拙作について「これは労作です」とおっしゃったのだけは耳に残りましたが…。 続いて受賞者が感想を述べるのですが、これも何を言ったのかよく覚えていない。記憶にあるのは「正直言って、おどろいた。私みたいな者にこんな大きな賞をくれるなんて、協会も思い切ったことをする。私が選考委員なら、もう一作見てから、と言ったと思う」という一節だけ。これは正直な心境でしたが、ひとりおいてお隣の宮部さんがクスッと笑ってらしたので、ホッとしました。 …しゃべりながら、自分でも「こんな馬鹿なこと言っていいのかな」と不安になっていたんでしょうね。それが宮部さんが笑ってくださったことで、「あっ、大丈夫なんだ」と安心したわけ。もっとも、後になって、だんだん協会に慣れてくると、そんな心配は吹っ飛びましたが。やっぱり、作家の集まりって、世間の常識とは別のルールで動いているんだなあ、という実例をたっぷり見せつけられましたから…。とくに、ひと月後の授賞式での、大沢新理事長の挨拶。それはまた別の機会にご紹介しようかと思っていますが。 ところがこのとき、マイクに向かいながら、ふと会見場の最後列を見ると、なんだか見たようなお顔の方がいらっしゃる。よくよく目を凝らしてみると、なんとまあ、これが井上ひさしさん。井上さんは短編・評論部門の選考委員をなさっていたのですが、日高さんの受賞作に感嘆されて作者をひと目見ようと足を運ばれた、ということでした。日高さんの作品は特攻隊に参加して生き残った人の軌跡を描いたノンフィクションですが、あの井上さんをそこまで感心させるというのはすごいですね。 そんな事情はともかく、高校時代から読んでいる大作家を初めて目撃したんですから、もー大変。しかも、その人が自分のしゃべりを聞いている!ますます我ながら何をしゃべっているんだかわからなくなります。 だが、おどろくことはまだ終わりじゃなかった。その最後列に、なぜか和服を着た長髪の人がいる。おまけにシブいイケメンです。「誰だろう? でも、なんでこの場所に和服なの?」と記者の方々の質問にお答えしながら、その男性の様子を伺っていましたが、そこでハッと気がついた。そう、ミステリーファンならもうおわかりですね。「…京極堂だよ、あれ」 …というような具合で、会見が終わる頃には、すっかり疲れ果ててしまいました。アドレナリンやら脳内興奮物質が出まくって、過分泌脱力状態。そのあと、個別に質問にいらした朝日、讀賣、毎日新聞文化部の記者さんとしばらくお話しし、駆けつけてきた東京創元社の方たちとご挨拶して、ようやくホッと一息つきます。 …いやいや、このあと、まだ銀座のミステリ文壇バーで、慰労会だか祝賀会だかよくわかりませんが、打ち上げがあるんです。でも、それはまた後日にでも。 |
| << 前記事(2007/05/10) | トップへ | 後記事(2007/05/18)>> |
| タイトル (本文) | ブログ名/日時 |
|---|
| 内 容 | ニックネーム/日時 |
|---|
| << 前記事(2007/05/10) | トップへ | 後記事(2007/05/18)>> |