|
このS崎さんというご老人は、かれこれ50年も大相撲を見続けているのだそうです。何であれ半世紀も興味を持って見ていれば、ある程度わかるようになりますよ、と言われますが、なにしろ栃若時代の勃興期から知っているというのだから、とにかくすごい。といっても、若い人にはちんぷんかんぷんでしょうけど。 S崎さんがこのとき、立ち合いと同時に勝負の行方を見抜いたのは、両力士の相撲の型を熟知していたからです。それで、最初の接触で相手方が得意の組み手に持ち込んだのを見ただけで、「こりゃダメだ」とわかったんですね。シロウトはふつう、そんなところまでは知りません。だから、横からそれを見ていて「さすが!」と感心しちゃうわけですよ。でもご本人に言わせれば、もうアリアリと見えていることを口にしただけ、ということになる。知識や経験の蓄積ってものは、やはりたいしたもんです。 さてS崎さんには、いろいろ相撲の見方、楽しみ方を教わりました。たとえば、ほんとうに楽しむには、序二段とか三段目くらいの若いときから、好きな力士を決めて、ずっとウォッチしなけりゃダメなんだとか。そうすると、育っていくプロセスがわかる。プロセスを楽しめると、楽しみ方が深くなる。これって、RPゲームで好きなキャラを育てていく感覚に似てますよね。それを10年単位でやっている。 同じことはプロ野球にだって言えます。新人をスカウトして入団させるところから見ていくと、面白さの深まり方が違います。前に「キャッチャーの良いチームが好き」とお話ししたかと思いますが、良いキャッチャーは投手を育ててくれます。だから育っていくプロセスが楽しめる。その点、今年ヤクルトに入った増淵投手には注目してます。高校出の逸材を古田監督兼捕手がどんなふうに育てるか、楽しみで…って、またまた話が脱線しましたね。 もうひとつ面白いのはS崎さんの、独特の相撲哲学です。S崎さんによると、相撲には最強の型というものがあって、それを伝承し作りあげることが「正しい相撲」である。…ここんところは専門的になりすぎるので省略しますが(というより、私自身もよくわかっていないんですけど)、つまり相撲というのはバランスのくずし合いなので、自分はくずされず、相手をくずしていく型を身につければ最強になる…ってことらしい。 その型は300年の相撲史のなかで、だんだんに築かれてきた。それが相撲の王道であり、正統性だというんですね。でも、誰でもこれを体得できるわけでなく、素質に恵まれないと高いレベルで受け継ぐことはできない。実例でいうと、ほぼ体得したのが69連勝の双葉山。最近では貴乃花が怪我する前には完成にかなり近づいていた。では、今の力士で、いちばんそれに近いところにいるのは誰か。 そりゃ横綱の朝青龍だろ、と思うでしょ。違うんですよ。大関の白鵬なんですって。そういえば、白鵬の相撲は必勝の型があるし、受けにも強い。あれがスケールアップしていけば、正統性を受け継ぐ大力士になる、というのがS崎さんのご託宣です。ちなみに朝青龍は超ハイレベルの「異能力士」なんだそうです。 これはミステリーにも言えるかもしれません。いずれミステリー論はきちんと書いてみたいと思いますが、ミステリーにもやはり正統性というものはある。もちろん、正統性があることと多様性は矛盾しません。いろいろなミステリーがあっていいし、バラエティに富めば富むほど深化も発展も期待できる。だけど、じゃあなんでもアリなのか、ミステリーの境界ってものはないのかというと、そうではない。 これを越えちゃったらもはやミステリーではない、という境界はあるだろうし、傑作と凡作と駄作を判別する基準は厳然とある。たとえば、りっぱな小説だけれど、これはミステリーではない、と言えるのも正統性がどこかに存在するからでしょう。 ただし、それは誰かが勝手にこしらえたものではなくて、ミステリーが誕生した状況と、それが長い歴史を生き抜いてくるなかで、自ずと出来てきたものだと思います。 相撲の正統性の根拠が人間工学的にありうるとするなら、ミステリーの正統性は「歴史工学」的もしくは「脳工学」的にありうるのではないか。 とまあ、なんでもミステリーに引きつけて考えたがるのは、良いことなんだか悪いことなんだかわかりませんが…。 そんな役にも立たんタワゴト言ってるひまに、早く原稿を書け。正統性も何も、まず作品が存在してからの話だろうが…と言われると、退散するしかありませんけど。はい、もう少し原稿を書いてから寝ることにします。 |
| << 前記事(2007/04/07) | トップへ | 後記事(2007/04/11)>> |
| タイトル (本文) | ブログ名/日時 |
|---|
| 内 容 | ニックネーム/日時 |
|---|
| << 前記事(2007/04/07) | トップへ | 後記事(2007/04/11)>> |