|
お待たせしました、と言っていいのかどうかわかりませんが、とりあえず「マイ・ティーチャーズ」の第2回めです。今日のティーチャーは「大相撲」を教えてくださる師匠。 本人も忘れていましたけど、私のデビュー作は『名探偵は千秋楽に謎を解く』という、相撲部屋を舞台にしたお話だったんですよ。といっても、お馬鹿な珍事件が続発して、いかにもの江戸っ子が騒ぎ回るというドタバタ・ミステリーなもので、褒めてくださる方もいる一方、ボロカスに言われたりもしましたね。まあ、それは余談。 『千秋楽』の時代設定は昭和54年、1979年の夏休みでした。これはリアルタイムで書いていたので、私はまだ26才の作家志望者だったんですねー。あーあ、26かよ。若いよなあ。 今では日本相撲協会理事長をつとめる北の湖親方が、バリバリの最強横綱として鳴らしていた頃の話です。けれど当時の人気ナンバーワンは、大関貴ノ花、つまり初代の貴ノ花だった。先年引退した横綱貴乃花のお父さんです。一昨年でしたか、五十代の若さで亡くなりましたが。 この人は全盛期でも108キロしかなかった軽量力士で、その体格ゆえの判官贔屓もずいぶんあったようです。かたき役の北の湖は公称160キロ、ほんとはもっとあるんじゃないの、と言いたくなるような巨漢で、顔つきもふてぶてしい。私は貴ノ花ファンでしたから、北の湖がほんとーに憎らしかった。また、憎まれるほど強いんだな、これが。 当時、朝日ソノラマで文庫を担当していた石井進さんが北の湖ファンなものだから、打ち合わせで顔をあわせるといつも相撲談義で盛り上がっていた…というか、毒舌を振るっての当てこすりを応酬しておりました。たいていは、年齢も社会経験も上の石井さんに遊ばれていたような気がしますが、一度だけうまいこと、揚げ足を取ったことがある。石井さんは「あなたの言うことには毒がありますねえ」と苦笑しておられましたが、今から思うと、物書きと編集者が友達感覚でつきあえる、のんびりした時代でしたね。…あ、また話が逸れた。 最近はあまりテレビ観戦もしなくなってしまいましたが、さいわい、大相撲についても良い師匠がみつかったので、情報はそこそこインプットしています。こちらの師匠は、S崎さんというご老人。ふだんはもの静かな紳士ですが、こと相撲の話題になると人が変わります。 最初に出会ったのは、駅前の商店街を歩いているときで、4年ほど前の、ちょうど五月場所の最中のこと。ぶらぶら歩いていたところ、家電量販店の前に小さな人だかりができています。放送中の大画面テレビをちらりと覗くと、土俵が見えたから「ああ相撲中継か」と行き過ぎようとしました。画面に映っていたのはよく知らない幕内下位の力士だったしね。 ところが、ハッケイヨイ、ノコッタで、その取組が始まったとたん、真ん中で見ていたお爺さんが「あー、いかん。だめだ、こりゃ。負けるわ」と大声を出します。どうもお爺さんは画面の左方から登場した力士を応援しているらしい。でも、負けるわも何も、まだ力士どうしがぶつかったばかりですから、私は「なに言ってんだろ、この爺さん。そんなもの、わかるわけないじゃん」と内心、鼻で笑っていた。 ところがですよ、あっという間にその力士は押し込まれて、アララと思ううちに、抱きすくめられるような格好で寄り切られてしまった。周りで見ていた人たちは、ホホーと感嘆の声を上げますが、その驚きの半分は、明らかにズバリ予想を当てたお爺さんに向けられている。私も「この年寄り、ただ者じゃないな」と改めてその顔をうかがいました。 …また長くなりそうだなー。時間があったら、夜にでも続きを書きます。今日はこれから出かけるので、どうなるかわかりませんけど。悪しからず |
| << 前記事(2007/04/06) | トップへ | 後記事(2007/04/10)>> |
| タイトル (本文) | ブログ名/日時 |
|---|
| 内 容 | ニックネーム/日時 |
|---|
| << 前記事(2007/04/06) | トップへ | 後記事(2007/04/10)>> |